純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

深夜1時の恋人

メールアドレスを変えた。

それも携帯の、いわゆるキャリアメールのアドレスである。

 

その昔は、恋人が替わるたびにお披露目される
ヨシキイズフォーエバー的なアドレスや
突如悟りを開いたポエムちっくなアドレスなどが
なんの節目もなしにしょっちゅう送られてきたものだが、
キャリアメールがもはや遺物と化しつつある昨今、
いったい誰がアドレス変更などするというのだろう。
ここ10年、通知が来たのは
少なくとも私の交友関係において
格安スマホに替えた人からのみである。

 

にも関わらず、なぜ、今。

 

これにはちょっとしたドラマがある。
物語とさえ呼んでもいい。

 

 

話は3年前にさかのぼる。

 

 

事の発端は、一通のメールであった。

 

======
久しぶり!元気ー?^^
アドレス変わったんで、登録お願いします!
======

 

おや、と。
思うじゃないですか。最初は。

 

まあ、お察しのとおり迷惑メールなんですが、
当時まだこの手口は新しかった。
一世代前はね、
松潤のマネージャーからメールが来るだの
櫻井翔が悩み相談をしてくるだの
え、私は大野くんから来た、だの
一般市民の大半が嵐と知り合いだった時期があったわけですが
芸能人から一転、
今度は『架空の一般人』。
この切り口は、新しかったわけです。

 

それにしても、
この『架空の一般人』のキャラクター設定が、けっこうすごい。
大半のメールは即削除しちゃったんで
正確な文面は覚えてないんですが、
たいてい

======
久しぶり!元気ー?(≧▽≦)
アドレス変わったんで、登録お願いします!
今度焼肉行かない?返事待ってまーす☆
======

こんな感じでですね、
もう私の友達の誰よりも友達然した感じで、来る。
すごい社交性。
日向さんもお出かけってするんですね、とか言われてる私に
いきなり元気玉飛ばしてくるようなね、
こんな友人は、いない。
みんなもっとね、川のせせらぎみたいな方ばかりです。

 

さらに言わせてもらうならば、
私の友人なら
“わらびもち”とか、
“あんみつ”とか、
“相撲観戦”とか、
前川清のコンサート”とか、
その辺りのワードのほうが
よっぽど私に効果的なことくらい、わかってる。
それを焼肉だなんてね。
笑っちゃいますよ。行くけど。

 

 

文面から察するにどうやら男性のようだが、
初めはアドレス拒否・ドメイン拒否をして事なきを得ていた。

 

 

しかし彼の暴走が次第にエスカレートしていくことを
このときの私はまだ知らなかったのだ。
のちに木村と名乗り始めたので、
彼の名は木村としよう。

 

数か月おきに木村から連絡が来る中、
始まりから1年後。
忘れた頃に、また木村からメールが来た。

 

======
井上さんに連絡先教えてもらってメールしたよ♪
この前のamazonのプレゼントの件だけど
ゆうさんの住所教えてくれない?
てかメールアドレスって
~@~(私のアドレス)で合ってるよね?
======

 

もう。
言うに事欠いて「井上さん」ですよ。

 

井上さんから教えてもらって、って
私の歩んできた人生という名のこの道に、
一度たりとも井上さん交差してきてねぇがら。
見えすいた嘘をつくんじゃないよ。
つくならもっと周到な嘘をついてごらんなさいよ。

 

ほんとにもう。
私が推理するのに15分はかかる
壮大な嘘に嘘を重ねた
リアリティにまみれた嘘をついて惑わしてみなさいっつーの。
壮大なスケールでお届けする、春の超大作!みたいなメールよこせっつーの。
少なくとも井上は出すなっつーの。

 

 

じきに木村は成長を見せ、
メールの内容も次第にストーリー性を帯びてくる。

 

 

======
お疲れ様です、木村です。
田中さんの現場は大丈夫ですか?
俺のCM現場では、若いスタッフの子が
熱中症で救急搬送されてしまう事態になってしまいました(汗)

それと台風も危険だし、
コロナもまだまだ油断出来ない状況です。
田中さんの現場も
くれぐれも気を付けるようにしてください(^^)

そういえば、もう4回メール送っていますが、
田中さんの携帯に届いていますか?(^^;)
======

 

少なくとも私は田中ではないのだが、
突然焼肉に誘うパリピぶりから一転、
私の現況を気遣う文面を織り交ぜる人格的成長ぶり。
おまけに時事的内容まで盛り込み、
確実に進化し続ける木村。
ありがとう木村。私の現場は大丈夫だよ。

 

 

この頃も私はこりずに、
いちいちめんどうなヤツだなァもう、といった姿勢で
逐一迷惑メール報告をしては、
ドメイン拒否をし、
迷惑メールリスト登録をし、
私は木村一人のためにいったい何をやってんだろ、
と思いながらも彼に付き合い続け、気づけば半年が過ぎていた。

 

 

やがて木村のメールは悪質さを帯び始め、
『知ってる?簡単に金がもうかる話』など
低俗な線をつくようになったと思えば、
だんだんと下世話な内容になり
私は木村に困惑し始めていた。
日向さんもお出かけってするんですね、とか言われてる私が(二回目)
そんなショッキングピンクみたいなことできるわけがない。

 

 

木村をもてあまし始めたその頃、事件は起こった。

 

 

その日は店が異常に混み合い、
クタクタで遅くに帰宅した私は
いつもより遅れまくった風呂や洗濯をのろのろと済ませ、
深夜ようやっとふとんへたどり着いた。

 

皮肉にも、先ほどまでバタバタとしていた余韻のためか
眠りにつくのもすんなりとはいかず、
うまく入眠できないなあと
ふとんの中でモタモタとしているうち、
ようやくゆるやかに眠気が訪れた。

 

お、きたきた。
そうそう、この調子で眠りの波間に――

 

 

スーッと眠りに落ちていかんとする、
まさにそのとき。

 

 

ヴ・ヴーーーーーーッ!!!!

 

 

 

何事ーーーーーー!!!!!

 

 

私は跳ね起きた。
ミニテーブルに置いた携帯が、
けたたましく音を立て、震えていた。

 

胸がバクバクと鳴る。
どうした。職場で、何かあったのか。

 

あわてて携帯を開くと、
そこには見慣れたポップアップが。

 

 

======
元気ー?
井上さんから聞いたんですけど、
======

 

 

木村ァーーーーーー!!!!!

 

 

なんなのー!!木村ー!!!
なんなら今いちばん元気になりかけだったっつーのーーー!!!

 

もう、冒頭ちょっと読んだだけでわかる。
これ、木村メールだろ?って。
3年木村と付き合ってきた私にはわかる。

 

私はうなだれた。
うっかり木村と腐れ縁を続けてきた結果が、これだ。

しかしようやく訪れた入眠の気配。
拒否設定は翌朝に持ち越して、
今はブルーライトを逃れ、もう一度眠――。

 

 

ヴ・ヴーーーーーーッ!!!!

 

 

木村ァーーーーーー!!!!!

おまえってヤツァァァァァァァ!!!!!

 

 

木村おまえ!!
アラサー女の…
それもこの私の…睡眠時間を妨害するなんて・・・!!!

 

赤子の頃、あまりに眠り続けるもので
他の子よりミルクの回数が一回分少なかった女だぞ私は!
体重がぜんぜん増えなくて
看護師総出で起こしにかかっても決して起きなかった女だぞ私は!

 

そんな私から睡眠を取り上げることが
いったいどんなことか、
木村、果たしておまえにわかって…!!

 

f:id:hinatamoeko:20210401190116p:plain

 

その後、苦悶の表情で再度入眠を試みるも、
木村はとうとう三度目のメールをよこしたのである。

 

 

もうだめだ。耐えられない。
私は木村の深夜の暴走に耐えかね、
とうとうアドレス変更を決意したのであった。

 

 

携帯会社の差し金なんだか、
これが思うつぼなんだか、さっぱりわからない。

確かなのは、
私は30年経っても睡眠第一の女であり、
おそらくそれは生涯変わらないであろう絶望的観測だけである。

3.14のビションフリーゼ

ここのところ、春の新商品が続々と入荷している。
クッションカバーやマット類、
桜柄の食器に、UVカットストール。
2月の大雪にまぎれて、
いかにも盛夏用のノースリーブのワンピースが入荷してきたときは
スタッフ一同さすがに驚いた。

 

先日、
その驚きを上回ってあまりある商品が仲間入りした。

それが、これである。

 

 

 

f:id:hinatamoeko:20210309220413p:plain

さながら肉まん人間とでも言おうか。
タグの説明には『ビションフリーゼ』とある。

 

ビションフリーゼと言ったら、
20年ほど前に誕生した
『アフロ犬』というキャラクターのモデルとなったとおぼしき犬種で
まあ、なんつーか確かに、丸い。
丸いけど、円周率のお手本みたいに
ここまでまんまるになるともう
ビションフリーゼのアイデンティティがいよいよあやしくなってくる。

 

検品をしながら先輩はため息をついた。
「これさあ、小さい方はまだ可愛くていいのよ。
 大きい方がさあ、もう、ただの丸なの。
 なんかもう、なんの生き物か全然わかんなくなっちゃってて」

「ほんとだ…」
「しかもなんか、しゃくれてません?」
「力石みたくなってる」
「誰ですかそれ」
あしたのジョーの」

力石を力なく見つめていると、

f:id:hinatamoeko:20210309220654p:plain

 先輩は唐突に力石の顔面をつかんだ。

 

「な、何するんですか!!」
「いやもう、ならしてどうにかなんないかなー」

 

f:id:hinatamoeko:20210309220827p:plain

ビシバシと顔面をいじめ倒す光景は
もはや動物虐待のワンシーンである。
間違ってもお客様には見せられない。

 

先輩たちの努力もむなしく
”死にかけの力石”の域を出られなかったビションフリーゼは
仕方なくそのまま店に放たれることになった。

 

子どもウケをねらって、
Sサイズ力石は、子ども服売場にもディスプレイされていた。

他の、ネコやうさぎ、
ブタたちと一緒に仲良く並んでいるのだが…

 

 

か・・・

 

かわいい・・・・・・

 

 

文句なく、可愛いのである。
陳列された春色のカーディガンに
淡い色合いの力石たちがピッタリとマッチして
ドリーミーな空間を見事に生み出している。

 

私は、先ほど共に彼らを酷評した後輩に、
「ねえ、あそこ(力石エリア)、すごくかわいいね…」
と半ば信じられないといった様子でつぶやくと
「ですよね! 並べてみると可愛いなって」

よくよく見るともちろん、
力石は変わらずまんまるの肉まん人間に相違ないわけであるが、
こうして仲間と並んでみると、その姿は輝いて映った。

その様は、多くのアイドルグループに通ずる
「単体だと味気なくなってしまうが
集まると互いの魅力を引き出し合って、輝きを見せる」現象を彷彿とさせた。
断っておくが、
これといって特定のアイドルグループを引き合いに出したわけではない。

 

 

しかしあくまでこれはSサイズ力石の話であり、
間もなく私は、インテリアコーナーで
『肉まん人間』に加えて『しゃくれ』まで併発したLサイズ力石が
とてつもない存在感をかもしながらディスプレイされているのを発見することとなる。

 

Lサイズ力石は無事、里子に出ることができるのか。
今後の売れ行きを真剣に心配する次第である。

桃の花はほころび始めたばかりで

今日、本当は全く違う話を書くつもりだったんですが、
帰宅してあまりに衝撃的な出来事があったので、別な話を書きます。
(キャスター、緊迫した表情を浮かべて)
たった今、新しいニュースが入りました。
速報が入りましたので
番組の予定を変更してお送りいたします、みたいな。

動揺もそのままにそのときの心情を書きとめるのは、
ヴィッツの余命宣告以来だなあ。
いつにもまして支離滅裂になるとは思いますが
久々に、思いつくままに書いてみます。

 

 

さっきね、仕事から帰ってきたんですよ。
そしたらね、
片づけられてたんです。ひな人形が。

 

もうね、最速。
ラクルレコード更新しちゃってる。

 

白あんの回でもちらっとふれましたが、
確かに我が家は近年、
『桃の節句』の、
句、の字が読み終えられた瞬間に、片づける!みたいな
俺は片づけるぞ!みたいなスピード感だったんですけど

もうね、今年は『桃の節k』くらいで、おしまいになった。

たぶん、ひな人形一同、
やっときたーひな祭り!イェー!
みたいな気分で
もう酒も飲んで舞なんか踊っちゃって
あら殿下ったらお顔が赤くいらっしゃってよ、
やや、そなたこそ
オホホホホホホなんつって
三人官女たちにも、
そなたらも今宵は大いに飲みなさい、
ははありがたき幸せ…!なんて言っちゃったりして
宴はこれからだぞっつーとこでたぶん、しまわれた。

 

もう、お上の宴を無断で中断した罪で、
内裏からは大バッシングですよ、日向家。
マサユキ(父)は始末書かなんか書かされてもおかしくない。

 

もう、ガランドゥになった廊下にたたずんで、愕然ですよ。
わかるよ、わかりますよ、
娘、31。名実ともにサーティワン
もうね、わかる。わかるよ、父。
でもね、今日、週半ばなわけです。
水曜日。
思いっきり、仕事の疲れとかそろそろ出始める日なわけです。
で、帰ってきて、まず休ませろーみたいな気持ちのところを
あの重量級の内裏を、
ひとりで片づけたわけです。きれいさっぱりと。

父の願いが、今年こそ切なるものとなっているのが
ひしひしと、伝わってくるわけです。ひしもちだけに。

でね、居間を通過すると
ありがたいことに、
今晩は母が、ちらし寿司とかこさえてくれちゃってたわけなんですけど
あの史上最速ひな人形撤収劇を見てしまったあと、
もうそのちらし寿司がね、そのひとくちが、
こんなに重かった年はない。

 

あのね、実は私、年末前に、
父に、結婚相談所に入れたい、とか言われたわけですよ。

いやもう、コミカルに書いちゃいますけど、
これが思いのほか、ほんと、血みどろロマンティックな話でですね、
青いイナズマが僕を責めて、炎カラダ灼き尽くす、ゲッチュ!なわけで、
まあ早い話が、私は、寝込みました。
「もえこの器量なら、何もないことはないと思ってきました」
とか切々とLINEが送られてきて
イヤこの器量のデンジャラスゾーン度合にいいかげん気づいてって話なんですが、
もうね、支離滅裂なのも、前後の脈絡全くないのも承知で、言います、


ひな人形に昔から命かけてたのは、父なんです。

 

 

私が生まれたとき。
父マサユキは、母方の祖父母といっしょに、
ひな人形を買い求めに、店を訪れたそうです。

 

ところ狭しと、ひな人形が並ぶ中、
どれにしようかねえなんて見ていたら、
ふと、マサユキの姿が見えなくなったと。

 

祖母が、マサユキさん、と探して見回すと、
あるひな人形の前にじっとたたずむ父を見つけたのだという。

 

 

我が家のひな人形は
何段も何段も連なる豪華絢爛なものではないが、
ひな壇が黒塗りで、木が重々しく、シックで高級感がある。

加えて、人形も非常に手がかかっている。
紅の色や顔立ち、ひいては着物の質まで、
なんというか、本気で作られた一級品といった風情を感じる。
幼い頃から何度もひな壇の前に座って
じっと彼らの顔を見つめたことがあるが
見ているうちに厳粛な気持ちになるような、そんな高貴な顔立ちをしていた。

 

祖母いわく、なかなか値が張ったらしい。
予算オーバーであったが、
父が魅入られたように動かない様子に、
観念して購入に踏み切ったのだという。
「マサユキさんもう、その人形の前から、動かなくなって……」
と、帰るなり母に力なくつぶやいた祖母。
本当に申し訳ないかぎりであり、
ありがたいかぎりの話である。

f:id:hinatamoeko:20210303231742p:plain

色塗りをする気力も、ひな人形を描く気力も…
もはや残されておりませんでした、ということに…



それから31年。
もうとっくに『女の子』を通りすぎてしまった女の未来を
一身に引き受けなくてはならないとあっちゃあ、
さすがのチームひな人形だって迷惑である。
まして、二次会は歌会でも!
くらいの勢いで楽しんでいたところを邪魔されたとあっては、
いくらなんでも、かわいそうというものだ。

押し入れの奥で、今頃ブーブーと文句をたれながら
一緒の箱にしまわれたひしもちや、紅白もちをつついて我慢しているかもしれない。
しょうがないから、おやつ会ってことで、なんて。

 

願をかけられてばかりじゃいられない。
チームひな人形が陽の目を見るためにも、
私自身、誰かの願いを叶えられる人間でありたい。

 

 

 

桃の花は、一般に
「私はあなたのとりこです」
なんて花言葉がよく知られているけれど
冬の寒さに耐えて花を咲かすことから
フランスでは「辛抱」「忍耐」の花言葉を与えられているという。

こもこもとしゃべる東北弁はフランス語に近い、なんていうけれど
東北の冬を思うと、
なんだかフランスの花言葉はとてもふさわしいように思える。

 

 

ちなみに、実にも花言葉といえるものがあるらしい。
神話に、『桃を投げて魔を撃退して逃げる』なんてシーンがよく登場するのだが
そこから転じて、その名も
「天下無敵」。

 

 

強く生きよ、私。