路上のルール~奇跡の動き~
シルバーウィークが始まったらしい。
敬老の日を含む連休を、いつしか巷ではシルバーウィークと呼ぶようになった。
しかし我が雑貨店には無縁の話である。
むしろ、しゃかりきウィークと言っていい。
「この4連休を乗り切れるかが勝負です」
店長はひとつ息をついて言った。
敬老の日のために積み上げた和食器の在庫が、敬老の日を前に大好評を博し、すでに枯渇しかかっているのだ。
「足りてほしい・・・」
「まさかここまで売れるとは・・・」
「去年、こんな4連休とかありましたっけ」
スタッフの問いに、店長が首をかしげる。
「いや・・・今年は秋分の日と重なったからですね」
「だからか」
「4連休」
「強くなったシルバーウィーク」
かくしてハイパーウルトラシルバーウィークとなった今年を記念してひとつ、ご老人にまつわるお話をしようと思う。
奇跡の動き、というものがある。
この辺の地域限定の現象なのか、全国区なんだかはわからない。
田舎道を車で走っていると、
チャリンコに乗ったじーちゃんばーちゃんが、もれなく斜め横断してくる。
突然、なんの前ぶれもなく。
田舎あるあるであり、田舎名物なのだと推測している。
もはや「突然」という技なのかな、というくらい、予見できない。
あまりの予測不可能ぶりに、
その動きを人は「奇跡の動き」と呼ぶのだ。
その奇跡の動きに、先日久々に遭遇した。
隣町を目指し、農道へ車を走らせたときのことである。
程なくして、左前方に、漂うように走行する自転車を捉えた。
あの動き。
間違いない。
「奇跡の動き」を修得済みのお方だ。
ドライバーには、アイコンタクトが欠かせない。
たとえばスーパーに右折で入りたいとき。
かたやスーパーを出てこっちの車線に入りたがってる人がいて、
対向車線にも車がいて、
夏の大三角みたいなトライアングルを築いちゃったとき、アイコンタクトが力を発揮する。
目には意思が宿るのだ。
どうぞ。
いいですか。
いいですよ。お入りください。
ありがとうございます。
こうしたメッセージを、無言のうちに伝えきる必要がある。
アイコンタクトに限らず、
手ぶりとか、パッシングとか、
もう合図だけが頼りだ。
で、これはアイコンタクト必須の状況なのだが、
じーちゃんの目線が、背中を向けたまま、一向に帰ってこない。
大黒摩季くらいの一途さで前だけ見つめてる。
鋼より固い意志。
石川ひとみがまちぶせしてもたぶん、振り向かない。
さすが熟達者(マスター)。
こちらの目を必要としない。見る気がない。
そもそも、私の存在に気づいておいでかもあやしいところだ。
まあでも、ここまでの展開は、想定内。
予想できた。
予見不可能なのは、ここから。
マスターの動向に細心の注意を払い、しばらく追随。
あーもう、時速13キロになっちゃってるよ。
Majiでエンストする5秒前だよもう。
ギアチェンジ、ロー。
ねえマスター。
失恋レストラン気取って言ってみる。
お願いです。
我々若輩者には、あなたの目が必要なんです。
我々にはあなたのように、周囲の思惑を置き去りにハンドルを切る度胸はない。
ねえまず、アイコンタクト。
それが欠かせないんです。
あなたの目をとらえさせてもらえないんじゃ、読み取れるものも読み取れやしない。
ナウシカじゃないし、風も読めないよ。
人の心なんて。もっと。
しかし。
切実なテレパシーもむなしく。
わあああああああ!!!!!
「突然」、発動。
鳴りやまない警報。
回り出す赤いパトランプ。
焦る僕ほどける手離れてく君。
ほんとに、スーッ。もしくはスィーッ。
とんでもないフライング。
ムーンウォークくらいなめらかにスライドしてくる。
熟練のドライヴィングスキル披露してくる。
急に来る。恋は突然に。
い、今ですかお師匠様!?
ヅン!!!
ありったけの反射神経をかき集めて、急ブレーキ。
つんのめる車体。同時に、エンスト。
フッと消えるパトランプ。
師匠、回避。
ドコドコドコドコ。
心臓が変な音出しちゃってる。
あっぶなかったー。
こういうことを見越して、減速しといてよかったー。
減速してなかったらたぶん今日という日は、私たちのXデーになってた。
じいちゃんの背面にクリティカルヒットだった。
尊い命をなんとか、守り抜いた。
よかった。心の底から。
じいちゃん、今後もどうぞ無事に、幸せな旅を。
私の「マスター救命スキル」が、2、上がった。
ああ。
誰かの命は、誰かの気合と覚悟で、守られてる。
大切な命。明日へ、未来へ。
みんなで守ろう。交通ルール。
標識にね、奇跡の動き注意、ってそろそろ、あってもいいと思うんです。
わりと、本気で。