純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

ジャッキーちゃんのカレンダー

そんなつもりじゃなかったの。
一度に、二人も手玉に取るなんて。
そんなこと。

 

年の瀬も間近のこの季節。
厳密に年の瀬とは、いったいいつ頃からを指すのだろうか。
そんな疑問はいったんさておき、時はまぎれもなく、師走である。

 

カレンダーが、ほしい。

 

毎年きまって12月に入ると思い至る。
そうだ、カレンダーを買わなければ。

 

7年ほど前から、カレンダーはこれと決めたものがある。
「くまの子ジャッキー」のカレンダーだ。

10年ほど前だろうか。
文具店のレターセット売場で
絵本「くまのがっこうシリーズ」の「くまの子ジャッキー」の世界に出会い、
優しく、夢のように美しい色づかいに、私はすっかり心を奪われた。

 

なんて、素敵なの。

 

好きな絵を挙げたらキリがないのだが、
あの優しくにじんだ水彩のタッチ、
題材も、構図も、
登場する衣類やアイテム、
背景の色づかいに至るまで、
もう可愛くて、可愛くて、夢中になった。
特にジャッキーのパン屋さんの絵では、
台所まわりをこんな装いにしてみたいと、あこがれたほどである。

過去のカレンダーもすべて保管し、時折見返している。
毎年、まるで画集を買うかのような感覚で購入しているのだ。

 

ところが、今年は様相が違った。

 

例年のように最寄りの文具店へ足を運ぶも、
ジャッキーのカレンダーが、ない。

カレンダーコーナーにはこの時期、
必ずジャッキーのカレンダーの見本が一枚、提げられていたのだ。
そのはずが、見本すらも、ない。

 

店をあとにしながら、胸がざわついた。
いったいどうしたというのだろう。

 

ざわつく胸を必死になだめて、携帯を手に取る。
だいじょうぶ。ネットならきっと、買えるはず。
気持ちを奮い立たせ、
「ジャッキー カレンダー 2021」で検索をかける。

私の心臓は凍りついた。

 

どこもかしこも、完売。

 

公式オンラインショップも、
そうそうたる有名ネット通販サイトでさえも、完売なのだ。

 

そんな…!!!!!

ジャッキーちゃんを眺めて過ごすことが、叶わない一年なんて…いらない!!!!

 

「歳をとれない」だけなら
3~4年くらい消え去ってくれてもいっこうに構わないのだが、
現実はもちろんそんなわけにはいかない。
とにかく、ジャッキーのいない一年なんて、
わびしくてとても耐えられない。

 

私はうろたえた。
こんな事態は、いまだかつて一度もなかったのだ。

 

昼食を作りながら、頭の中はジャッキーのことでいっぱいである。
どうする、どうしたらいい。
鶏そぼろもジャッキーの色に見えてくる。鶏なのに。
納豆もジャッキーの色に見えてくる。豆なのに。

f:id:hinatamoeko:20201223010627p:plain

まずい。禁断症状だ。
そのうちチャップリンの黄金狂のように、
何もかもがジャッキーに見え始めてしまうかもしれない。


私はおもむろに携帯を手に取った。
気がつくと、文具店に
「ジャッキーちゃんのカレンダーを取り寄せたい」と懇願の連絡を入れていた。

 

文具店の返事を待つ間、
遠方の大きな書店へも何店舗か、確認の電話を入れ続けた。
どこも同じような返事だった。
受注生産であるかぎり、当店での追加発注はできない――と。

 

陽は傾き始めている。
私の焦りは最高潮に達していた。
「とにかく、心当たりはぜんぶ、確認してみたら」
そばで娘の挙動を不安そうに見守っていた母が、
いつしか共に電話口で吉報を待つという、地味な応援活動を始めていた。

胸のざわめきが止まらない。
すると、母が不憫そうに口にした。

「あそこは。ロフトなら、あるかもよ」

 

ロフト。

確かに、キャラクターものの
文具・ステーショナリーが豊富だった記憶がある。

 


望み薄とは思いながらも、電話をかける。
同じ落胆を繰り返すのを覚悟で話を切り出すと、
電話口のスタッフはあっさり言った。

 

「そちらでしたら、在庫、ございますよ」

 

え。

 

「真四角の、開くと絵が一面に出る…壁掛けタイプですよね」

 

 

歓喜した。
天にも昇る心地だった。
改めて確認しても、スタッフは毅然と「はい、ございます」と答えた。

 

全身から力が抜けた。
油断すると泣き出してしまいそうなほどに、ほっとした。
私は喜びのあまり、
探しに探していたので本当にうれしいですだの、
ジャッキーちゃんがいないと私の新年が来ないだの、
尋ねられてもいないのに
気持ちの悪いコメントを並べて、スタッフを困惑させた。

 

満ち足りた気持ちで電話を切ると、
すぐさま、先の文具店から電話がかかってきた。
私の心臓はドクンと波打った。

 

いけない。
問い合わせてもらっておいて、
他のお店で見つけて頂きましたなんて、言うわけには…

 

 

私はどうやら自他ともに認める、バカ正直な女である。
職場でも「日向さんは嘘がつけませんもんね」ともっぱらの評判である。
感情を隠すことはさほど苦としないのだが、
なんというか「事実と違う形で繕う」ことが非常に苦手だ。
私にその役を任せようものなら、
徐々にしどろもどろになり、
「…っ、…っ、っ…」
みたいな、もはや「つ」が汗に見えてくるみたいな惨状を引き起こして試合終了である。

 

どうしよう。お姉さんごめんなさい。
でも、見つかったとしても、ちゃんと、お断りしなくちゃ。

意を決して電話に出る。
幸い、結果は他の多くの店舗と同じく、追加発注はできないという答えだった。

 

話を聞きながら、懸命に落ち着いた声を装う。

ジャッキーちゃんに出会える確約を得て舞い上がった心よ、いざ…

静まれ!!!!!!

 

「あっっっ、そ、そうでしたかぁ…!♪
いいえぇ確認くださって、あありがとうございますぅ~!!」

 

うわーーーーーー!!!!!
だめだ声が、微妙に喜んじゃってるーーーー!!!!!

 

懸命に、残念そうな声を出そうと心掛けたのに、
嘘の演技をする後ろめたさから、どうしても平静でいられない。
そのくせ弾むために助走をつけまくったような声もどこかに滲んでいて、
私を30年見てきた母は台所に消えながら声を殺して笑っていた。
彼女には、娘が無理をしていることなど、お見通しである。

ただ文具店のお姉さんには、
忙しい時期にすぐさま探してくださった感謝を、
正直な気持ちそのままに、伝えた。

 

電話を切って、ふうーーーっと長めの一息。
だが、ほっとするのはまだ少し、早かった。

 

 

不在着信、4件。

 

 

わーーーー!!!!
ごめんなさい文具店さんー!!!!
1分おきくらいにきてたーーーー!!!!
絶対、コイツ早く出ろよって思ってたーーー!!!!
連絡待ちしてるくせに、なに電話してんだよって思ってたーーーー!!!!

 

 

 

 

ともあれ、ジャッキーと共に迎える新年という私の夢は、
無事、叶えられそうである。

 

ありがとう、ロフト。
そして、ナイスアシストを本当にありがとう、母。

 

 


うれしいときも、かなしいときも、
夢のような世界で私の毎日を支え続けてくれた、ジャッキー。

ページをめくるたびに喜びがあふれる。
色彩豊かで、夢見るような素敵な色たちが私を出迎えてくれる。

 

表紙を閉じながら、浮き立つ心。
新年を迎えたら、また新しいジャッキーちゃんに会える。