純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

笑ってはいけない雑貨店24時

雑貨店に勤めていると、
ときどき予想外の角度からオーダーを受けることがある。

 

「カウンターお願いしまーす」

カウンターから、店長がスタッフを呼ぶ声が聞こえる。
バックヤードにいた私は、あわててカーテンを開けて表へ飛び出した。

「日向さん、こちらのお客様、ご案内お願いします」

見るとレジの脇に、一人の青年がフォトフレームを手にして立っていた。
あいにく店長はレジ会計中で、接客につくことができない。
「承知しました」私はうなずき、青年のそばへかけ寄る。
 

彼はミステリアスな空気を放つ青年で、
どことなく栗原類に似ていた。
栗原類は、手元のフォトフレームを少し持ち上げながら
「すみません、売場までご一緒頂けますか」と丁寧に言った。

 

「この写真に合うサイズのフォトフレームを探しているんです」
売場へ着くなり、彼はショルダーバッグから一枚の封筒を取り出した。
「いま、現像してもらってきたんですが」

見る限り、一般的なサイズの写真のようだ。
ただ、手元に選んだフォトフレームは左右に余白ができてしまい、
なかなかピッタリともいかなかったらしい。

私は栗原類と共に、
考えられる限りのフレームを片っ端から試した。
手持ちの封筒を合わせながら、あれこれ試行錯誤した結果、
クリスタルタイプのフォトフレームに無事落ち着いた。

 

栗原類をレジカウンターへいざなう。
あとはお会計を残すのみ。
ひと仕事を終えた気分でのんきに構えていると、
栗原類は先ほどの封筒をスッと取り出し、予想外のことを言い出した。

 

「あの、この写真を入れて、ラッピングして頂けますか」

 

え。


あ。
それ、ご自宅用じゃ、なかったんだ!

 

私はてっきり、
自宅に飾るフレームを探しているのだと思い込んでいたため、
少々面食らった。

うちの店では確かに、
「お写真をお入れしてのラッピングも承っております
お気軽にご相談ください♪」
なんてポップを貼っている。
ただしそうした依頼が来ることはかなりまれなのだ。

「かしこまりました! お預かりいたします」
私は両手で写真を受け取り、
番号札を彼に手渡し、ラッピングに取り掛かった。

 

いやァ、写真を入れてのラッピングなんて久々だな。
前にお孫さんの写真を入れてのラッピングを受けて以来かな。


なつかしく振り返りながら、封筒を傾けて写真を取り出す。
すべり出てきた写真に、私は目をみはった。

 

 

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な、何この、ベタなリア充写真・・・

 

このアップ具合は、おそらく自撮りと思われる。
ミステリアスに微笑む栗原類と、恋人らしき女性のツーショット。
背景はどこかの運河らしく、
栗原類はスーツを着込み、女性は着物姿である。
なんらかの記念の日だったのであろうか。

私は静かに取り乱した。
なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気持ちがした。

ねえこれ、いいの?
私、見ちゃってよかったの?
こんなプライベートショットを見知らぬアラサー女に見られるとか
私、この彼女だったらだいぶはずかしいけど、いいの?
彼女の了承とった?
とってるワケないよな。絶対サプライズだよなこれ。
サプライズとかやっちゃうタイプの男だ、あの栗原類は。

私の貧しい頭をさまざまな思いがかけ巡る。
しかし栗原類は絶大な信頼をもってして、
私に大切な写真を託してくれたのだ。

 

深呼吸して、慎重に作業に取り掛かる。
それにしてもこの写真、なぜか見ているこっちがはずかしくなる。
画面の8割を占める二人の顔面に圧倒され、
「見知らぬカップルのベタなリア充写真を強制的に見せつけられている私」
という状況のシュールさに、ついには笑いがこみ上げてきた。

 

いかん・・・笑ってはいけない・・・!

 

うっかり栗原類の顔面に指をふれそうになって、あわてて引っ込める。
あれだけの気合でフォトフレームを選んでいたのだ、
指紋なんてつけようものなら、
私は栗原類(あるいはその恋人)に裁かれるんじゃない?


写真のへりを指先で支え、
プルプルと震える手で写真を挿入する。
その間も栗原類のニヤリとした笑みが私を捉えて離さない。
やめて…こっち見ないでってば…
笑うって…ちょっと笑っちゃうからホントやめて…

 

 

 

最大の関門を乗り越え、
無事ラッピング完了にこぎつける。
包装紙のたわみに至るまで、
最後まで気の抜けないラッピングであった。
ただでさえ殿方のラッピングは緊張するというのに。

 

「ラッピング1番でお待ちのお客様~」


売場を見回すと、栗原類はニヒルな立ち姿で待っていた。
「ありがとうございます」
再度ミステリアスに微笑み、背筋をピンと伸ばして立ち去って行く。

 

がんばんなさいよ。
その後ろ姿を、思わず腰に両手を当て、ひとつうなずきながら見送る。

〇ヶ月記念日だか、なんかよくわかんないけど、
気合入れて贈るんでしょうから。

おばさん一応、指紋つけないで、
雨ニモ負ケズ、笑ヒニモ負ケズ、がんばったんだから。
ちょっと、静かに笑ってはいたかもしれないけど、あのー、品質は保証するから。

 

見送りながら、いつのまにか
栗原類の幸運を心底祈っている自分にふと、気がつくのであった。