純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

あなたとの秘め事

誰にも気づかれてはならない…
秘めていなければならない…
この思いを…

マヤ…!

――『ガラスの仮面』34巻 第12章 紅天女(1)より

 

ガラスの仮面を、読了してしまった。

 

チャップリンの自伝を探し求めた先に、
ほとんど運命的に出会った、ガラスの仮面
ガラスの仮面と私の因縁とも言えそうな関係についてはまた改めて書くとして、
とにかく、夏から私の精神的支柱となっていた
ガラスの仮面の最新刊をついに、読み終えてしまった。

 

未完の名作、ガラスの仮面
だからだろうか。
心配していた、いわゆるロスのような心境は、みじんもなかった。

子どものように胸を高鳴らせ、
開館時刻を待ちきれんばかりに図書館へかけ込み、
ガラスの仮面を借りに通いつめた日々。
ガラスの仮面の続きを読む楽しみに支えられて、なんとかここまでやってきた。

 

その楽しみが終わってしまったとき、私はどうなる。

 

一抹の不安を抱きつつ、夢中で読み進めてきた。
しかし49巻を読了した瞬間抱いたのは、喪失感ではなかった。
ガラスの仮面は、まだ続いている。
完結を望む切実な声も多い中、
今の私には、
ガラスの仮面が未完であることは、何よりの救いである。

 


以前書いたように、ガラスの仮面の競争率はすさまじかった。
天沢聖司どころではないアロットオブ感であった。
返却されたのを見届けた瞬間、いつも図書館へ走っていた。
なにしろ一向に捕まらない。
ほんの一時遅れようものなら、あと数週間は手にすることが叶わないのだ。
まさに一瞬の攻防であった。

 

姫川亜弓との熾烈な交換日記に命を燃やす日々。
そんなわけで、私は徐々に
「『貸出中』の手前までの、すべての巻」
をまとめて借りるようになった。

初めは1,2巻ずつ借りていたのが、
しまいには5~8巻をまとめて借りるのがザラになっていた。
(10巻単位になると
あまりに欲張りな気がして気が引けるので、最多でも8だった。
なんとも中途半端な小心ぶりである)

 

なかなか次のガラスの仮面が返却されず、
やきもきしながら待っていた、ある日の朝。


図書館の公式サイトから、いつものように蔵書検索を試みる。
もう予測変換にバッチリ「ガラスの仮面」が出てくるしまつ。

 

私は息をのんだ。

 

最新巻までが、ぜんぶ、返却されている。

 

44巻から、すべてが。

 

心臓が高鳴る。
どうしよう。
このチャンスを確実にモノにするには、今すぐ赴くほかない。
けれど今日は早番だ。
図書館に寄っていたら、出勤はかなりギリギリの時刻となる。
でも、でも…
次いつこのチャンスに巡り合えるか…

 

私はディスプレイを前に、迷いに迷った。
気がつくと私は、風の速さで家を飛び出し、
図書館方面へと車を走らせていたのである。

 

 

「おはようございます、、、」
息を切らし、冬なのに汗ばんで上気した顔で職場へ参上した。
先輩方は驚いて私を見た。
「どした、大丈夫か!」
「ごめんなさい、ギリギリになって」

ああ、はずかしい。
私は仕事よりも、ガラスの仮面を取ったのだ。

「図書館に、なかなか返ってこなかった資料が、やっと返ってきてて!
ずうっと待ってたんです、どうしても借りたくて
だからつい…本当にごめんなさい」

ガラスの仮面を「資料」ともっともらしい図書館用語に置き換えて喜びを表現する。
私がすまない中にも喜びを抑えきれずに語る様子に、
先輩方はやわらかな笑顔で
「そんなにかぁ!」「よかったねぇ」と口々に言ってくれた。
ああ、はずかしい。
その資料がガラスの仮面だなんて、口がさけても言えない。

 

小脇に携えていたトートバッグをバックヤードの棚に置く。
中には6巻分のガラスの仮面が入っている。
職員駐車場の車中に残してもよいのだが、
ガラスの仮面なんて名作、絶対に盗まれるに違いない。
警戒した私は、ガラスの仮面と共に出勤することに決めた。

 

私は満ち足りた気持ちで、仕事に励んだ。
これで安心して、いつでもガラスの仮面の続きが読める。

 

喜びいっぱいに、職場を後にする。

そう、あのときの私は、完全に浮ついていたのだ。

 

 

「お疲れ様です~」
いつものように、警備室に向かって声をかける。
間もなく中から主任級の警備員のおやっさんが出てきて、
「今日は早いね」などと声をかけてくる。

「はい、早番だったんです」
「そっか。どれ」
「はいっ」
これまたいつものように、
おやっさんに見えるよう、
脇のトートバッグをなめらかに傾けて、絶叫した。

 

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中からこぼれ出す大量のガラスの仮面

 

うかつだった。実にうかつだった。
うちの店では出勤時こそノーチェックだが、
退勤時に警備員さんがかばんの中をチェックするきまりがある。
清算の品を持ち出していないかのチェックである。

 

しまった…いつものクセで…!!

 

私ったらつい、ガラスの仮面をお披露目して…!!

 

前にも店長にうっかり告白してしまったというのに、
またも自爆パターンである。

「ん? どうかした?」
「とっ、図書館の資料です!」←返事になってない
「あ、そう」

おやっさんは言いながら遥か虚空を見つめていた。
「はい、オッケー」

 

オッケーなの!?

 

警備室を後にしながら、私はほっと胸をなでおろしていた。
あっぶねがったー。
今日あのおやっさんで、よかったー。
おやっさんいつも、あんま、かばんの中、見てないもんなあ。

 

それにしても、果たしておやっさん
かばんの中身をやはりさほど見ていなかったのか、
ガラスの仮面を視界に認めたにも関わらず流してくれたのか、


そのどちらなのかは、おやっさんのみぞ知る、なのである。