純喫茶みかづき

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ジャムおねいさん

私がこの世でいちばんうまく付き合えない帽子はベレー帽だと思う。

 

と、吉本ばなな著『キッチン』の冒頭風に切り出してはみたが、
特に理由はない。

シルクハット、カンカン帽、
テンガロンハット、ニット帽、
ボーラーハット、キャスケット・・・
あまたある帽子の種類の中で、
ベレー帽ほど難易度の高い帽子はないと思うのだ。

 

私自身、学生時代にベレー帽を愛用していたのだが
これとの付き合い方に、なかなか苦戦した。
オフホワイトのニット編みタイプで
頭頂部にファーのボンボン飾りがちょんと乗っていたのだが
どの程度まで頭部にかぶせるべきか、非常に悩ましいシロモノだったのだ。

 

ベレー帽というと、イメージを描くのは簡単である。
かの手塚治虫や、藤子・F・不二雄などの肖像を見ても
すんなりと頭に納まっているようにしか見えない。
しかしこの納め具合が、なかなかどうして、難しいのだ。
イメージのごとく浅くちょこんと乗せるのでは、
ふっと立ち上がったり歩いたりするだけで、ポロッと落ちてしまう。
かといって目深にかぶってしまうと、
ちょっとしたシュウマイみたいな感じになって終わりである。

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上述した私のベレー帽は頭部に飾りなどついていたため、
一歩間違えるとドラゴンボールチャオズになりかねない。
しかし帽子としては非常に温かく優秀であったため、
結果「なりそこねたシュウマイ」程度におさめて、
ベレー帽ライフをなんとかやり過ごしていたのである。

 

そんなイワクつきの帽子、ベレー帽。
先日、これがまた大変な事件を引き起こしている様を目撃した。

 

仕事終わり。
職場のメインストリートを通りがかり、
何気なく中央広場のディスプレイに目をやる。
めかし込んで立ち並ぶマネキン。
センターを飾る彼女を見て、私は言葉を失った。

 

ジャムおじさんみたく、なってる。

 

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最も輝いていなければいけないであろう彼女が、
ベレー帽のかぶり方を誤り、ジャムおじさんになっていた。
服装からしてもいわゆる『キレイめ』の、
かなりイケているはずの彼女。
それが、仕上がりのベレー帽ですべてが破綻している。
トッピングで台なしになってる。

 

どうしよう…直してあげたい。
でも、他店舗のディスプレイに手を加えるわけには…

 

スタッフさんは、最高の仕上がりと信じてあんな風にかぶせたのかも…
でも、いいの? いいのあれで?
ちょっと、今にも何か焼きだしそうな雰囲気出ちゃってるけどいいの?
いやでも、もしかしたら、
これが最新のファッションなのかもしれない。
厨房風のトッピングでコーデはおまかせ!とか…
若い子の間では、謳われているのかもしれない……


あまりの衝撃にトチ狂った思考になりつつも、
私は彼女のベレー帽についてもんもんと考え続けた。

車のエンジンをかけながらも、
あのベレー帽は明日どうなっているだろうかと案じた。
ちょっとあれは、やっぱり…
どう見ても、ジャムおじさんっていうか…

 

まあ、スタッフさんも異変に気づいて、
きっとすぐに手直しが入るさ。

そう気楽に思い直して、私は家路についた。

 

 

ところがジャムおじさんは、
その後2週間も、その姿で立ち続けたのである。

 

 

退勤するたびに、
その姿を目にして私はやりきれなかった。
ジャムおじさんがセンターを飾るショッピングモール。
私がたまらず口にしたことで、
彼女のジャムおじさんぶりは
我らが雑貨店のスタッフ間でも有名なところとなった。

 

ずっと辱めに遭い続けている、彼女。
ああ、直してあげたい。
少し浅めにかぶせて、少し形をぺしょっと…
もどかしい思いが胸を支配する。
せっかくきれいにしてもらっているのに、
トッピングのベレー帽にすべてを持っていかれている悲劇…!!

 

彼女の姿を見るたび、胸を痛める日々。
そんなある日の帰り道、
私はいつものように彼女のほうへ目をやる。

そして、目を丸くした。

 

 

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ベレー帽、売れてるー!!!!!

 

ジャムおじさんだったのに、売れてるー!!!!!

 

 

奇跡の大逆転である。
まさかの、ジャムおじさん、販促効果による勝利。

 

いや、もしかしたら「ジャムおじさん」との指摘が入って
帽子が撤去されただけかも…という可能性も脳裏をかすめたのだが、
撤去の場合はたいてい、代替品が用意されるものである。
このクリアランスセール期間中にあって、
彼女のコック帽、もといベレー帽は、
無事買い取られていったのである。

 

安堵した。心から安堵した。
これで彼女はもう、「パン焼きだしそう」とか言われずに済むのである。

 

 

2週間、好奇の目にさらされ、
ジャムおじさんと後ろ指をさされ、
逆風の中で
背筋をすっと伸ばし、凛と立ち続けた、彼女。

私も、どんなことを言われたって、
どんなに道を見失いそうになったって、
自分自身を信じて立ち続けなくては。
けなげな彼女に、背中を押される思いがした。