純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

なんじゃごりゃあ物語

兄はよく、くだらないメールを送ってきた。
それはたとえば、こんなふうであった。

 

 

ショウヘイヘ~イ
ショウヘイヘ~~イ!!!

 

ショウヘイヘ~~~~イ!!!!

 

プッ

 

デデーン。
浜田、アウトー!

 

 

私は彼の妹として、
それをやり過ごすでもなく疎むでもなく
いつも同じ温度でラリーを返していた。
それも、相手が打ち返しやすいボールで。
そして兄妹のくだらなさ満載のラリーは続くのである。

 

 

しかしそのときのメールは様相が違った。

 

 

変な時間に鳴り出した携帯を開くと、
ディスプレイにはたった一行。

 

 

 

ジーパンの股間がやぶれた。」

 

 

 

私はそっと携帯を閉じた。
それはいつものように実にくだらなく、
しかし未だかつてない切迫感にあふれていた。

 

兄が帰宅するなり説明を求めると、
なんと長年の自転車通学の勤労がたたり、
サドルに当たる部分にちょうど穴が開いてしまったとのこと。
まるでどっかのワンピースみたいである。
ハンガーラックにつるされた亡骸は、どこか荘厳ささえ湛えていた。

 

 

「いやー、相当酷使したからなぁコレ」

 

兄は股間の穴を見つめながらしみじみと言った。
その開き具合の見事さといったら、実になんじゃごりゃあな仕上がり。
これぞまさにジーパン殉職、である。
ジーパン本体が殉職するという
まさかのパロディを地でやってのけた兄と共に
凄絶な死を遂げたジーパンを見つめ、私も感慨深くうなずいた。

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それから時は流れて15年後。

 

 

 

風呂へ入ろうと仕事着を脱ぎ、
私は脱衣所で愕然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

ジーパンの股間が、やぶれていた。

 

 

 

 

 

兄のド真ん中ストライクに比べると
それは股間というよりかは、やや外角低めというか、
給水スポットくらいの中継地点というか
つまりやや尻というか、
そういう、なんともいえない位置であった。

 

 

私は赤面した。
私、今日一日パンツ見えてたの?

 

 

可愛い若い子ならまだしも、
私の場合、精神的苦痛を与えた罪とかなんとかで
裁かれるのはおそらく私の方である。


あわててズボンのすそから手を突っ込んで具合を確かめたところ、
どうやらそのセンはなさそうだった。
尻と股間のはざまという位置、
生地の絶妙な生き残り加減によって、
内部の秘密は守られていた。

 

それにしても、15年の時を経て
兄妹そろいもそろってジーパン殉職なんて聞いたことがない。
ご子息の松田兄弟もさぞかし仰天されるであろう。

 

 

 

さて。
殉職とはいったものの、
傷口に当たる穴を見る限り、
正確には、ジーパンは奇跡的に一命をとりとめていた。


まだ、いける。
私は力強くうなずいた。
ワンピースのボタン同様、
デカの傷口を繕って、穿き続けることにしたのである。

 

場所が場所だから、
このさい縫い糸なんて何色でもいいや、と
余っている黒の木綿糸を取り出し、
ガッツリと縫い合わせた。

 

 

ハイ、これでだいじょうぶ。
私は刑事の肩をポンと押し、
ただしばらくは絶対安静。
無茶しないようにね。
と、腕利きの医師さながらにジーパンを送り出した。

 

 

そのわずか2日後に
まさかもう一度病院送りになってくるなんて、
そのときは思いもしなかったのである。

 

 

ジーパン刑事は二度死ぬ。
なぜだ。縫い方が甘かったのか。
私は震える両手で、亡骸を抱きしめた。
問題の箇所を見ると、
縫い糸は、しっかりたくましく残っている。
問題は、生地だった。
生地がふけてしまっていたのだ。

 

 

俺もうダメ。
そんな叫びが聞こえてくるようなデニム生地。
気の毒なことに私という女は
ギンガム姐さんを酷使し続けた実績を持つ女であり、

 

「ええい、それならもっと深めに縫い留めてやるわい!!」

 

と、ヤケっぱちの治療をほどこし、
瀕死の刑事を、再度現場へ放ったのである。

 

 

 

 

その結果は、言うまでもないであろう。

 

 

 

ジーパン刑事は三度死ぬ。
私は己の冷酷無情を猛省し、
刑事を手厚く葬り、
仕事着にふさわしいズボンが見つかるまで
やむを得ずロングスカートで代用することにした。

 

普段着はともかく、
仕事着はジーパン一本で貫き通してきた私のスカート姿に、
店長はじめスタッフは目をみはった。

 

「日向さん、スカートだ!」
「かわいいじゃ~ん」

 

女子高生さながらに盛り上がるお姉さま方。
私は力なく笑い、肩を落とし、

 

 

 

「ズボンの股間がやぶれまして…」

 

 

 

もう、可愛さゼロ。
フローラルな空気も、一瞬で消える。

 

二度股間を縫い、三度裁かれる危機に瀕した私。
しかし事実なのだから仕方がない。
私はこれまでに起こった惨劇について語り、
先輩は「ウケるんだけど」と大笑いしていた。
店長は「二度目でどうしてあきらめなかったのか」と呆れていた。

 

 

あくる日。
今日も仕方なくスカートで出勤した私の姿をちらりと見て、
本社から訪れたスタッフが
「あら、可愛らしい」
どうしたの、とばかりに微笑んだ。

どうしたもこうしたも。
私の刑事がですね…

ややうんざりしながら私が言おうとするが早いか、

「ズボンやぶれたらしいですよ」(食い気味に)

店長の口から、事実が簡潔に伝えられた。
店長はもはや笑っていた。

 

 

 


ハニーズで特価品のジーパンに出会うのは、
これより5日後のことである。

 

その日まで、
こうして口頭伝承により、
私の失態は語り継がれてゆくのである。