純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

ホワイトベリー・ラブ~前編~

今年のバレンタインについて記そうと思う。

 

幼い頃から毎年
父と兄にバレンタインデーのお菓子を手作りしてきたが、
兄が結婚して家を出て以来、
ここ近年はあんこ好きの父向けに、和菓子を作るようになっている。

みたらしだんご、白玉ぜんざい、
昨年なんかは、ホットケーキで作る生どら焼き。

さて今年はどうすっかな~なんて考えていたら
はたまたレタスクラブのLINEから流れてきたのだ、
私のためのレシピが。

 

『失敗ナシのいちご大福』

www.lettuceclub.net

 

これだ。これにするしかない。
そんなわけで、人生初のいちご大福作りに踏み切ったのである。

 

 

ところでレシピをご覧になっていただくとお分かりのとおり、
材料にはしれっと『白あん』とある。

こんなにしれっと書かれていたら、
あー、白あんねー、はいはい。
なんてノリで買いに出かけてしまうわけだが、
白あんの、見つからないこと見つからないこと。
日向家御用達の地元スーパーも、
セブンアンドアイも、イオンも、
のきなみ全滅である。

 

なんなの? この雲隠れ具合。
白あんってジェフくんだったの?

 

いつかのメリークリスマス
おもちゃ屋をハシゴしてもついぞ出会えることのなかった、
絶滅危惧種、ジェフくん。

 

さすがに隣町まで行っても同じ系列のスーパーしかないわけで
私はうううと頭を抱えた。
ふつうのあんこで、代用しちゃおうかなあ。
父、あずきのあんこ、好きだし。

 

でも、あのいちご大福。
白あんの色合いが、上品で素敵だったなあ。
あずきのあんこでも、もちろんおいしいはずだけど、
『あの』いちご大福を、食べさせてあげたい気もする。

 

刻一刻とバレンタインは近づいてくる。
ひたひたと足音を響かせて近づいてくる。
弱ったなあ、なんて車のエンジンをかけたときに
ふとひらめいたのだ。

 

そうか、業務用スーパーがあるじゃないか。

 

高校時代、
文化祭の出店でフライドポテトを売ったのだが
材料を求めて業務用スーパーを訪れ、驚いたのだ。
こんなにマニアックな食材が所せましと置かれている場所があるなんて。

 

あれほどのマニアック店舗なら、
あるかもしれない。いやきっとある。
私は期待に胸を高鳴らせ、業務用スーパーへと車を走らせた。

 

 

一店舗目。
なかった。
ねえ、ここら辺のスーパー、そろいもそろって
つぶあんこしあん、くるみあん。
ここまではわかる。
しかしずんだあんがあるのに白あんがないのって、
やはりこれはお土地柄なの?

 

深くため息をつきながら、
先ほどよりさらに老舗である業務用スーパーへ赴く。
高校時代、初めて訪れた、あの業務用スーパーだ。

 

もう、ここで最後だ。
ここになければ、もうこの界隈に白あんは見つからないだろう。

 

先ほどの店舗より古く、
外観からしても期待値は低めの、業務用スーパー。
なかば諦めモードで入店し、
かるーく流してみっか~みたいなノリで
ふ~っと店内を巡って、びっくり。

 

 

あった。

 

 

あるじゃん、白あん。
白練りあん硬練り、って、
これ、まぎれもなく白あんだよね。

 

歓喜した。私たちの思い出のスーパーは裏切らなかった。
人を見た目で判断しちゃいけないっていうけど
店も見た目で判断しちゃいけないね。
ほんとごめん、疑ってごめん。
私、またきっと、ポテト買いに来るよ。

 

感涙、といった勢いで喜んでいるところ
私は価格ポップを見て、目を疑った。

 

 

白練りあん(硬練り)

 1kg ¥860+税

 

 

い・・・

いちきろ・・・・・・?

 

愕然とした。
1kgの白あんなど、私たちは求めていない。

 

いや…いや、さ…
せめて500gとかさ…
なんだったら300gでもいい。
いったいなんたって、
1kgも詰め込んじゃったわけ?

 

なんたっても何も、業務用スーパーだからである。
当然のことといえよう。

 

私ははたまた頭を抱えた。
高い。高すぎる。
セブンアンドアイで見つけたあんこ
400円台か~やっぱけっこうするな~
なんて思った私には、
あまりにも高すぎる買い物。
しかも隣に北海道小豆100%使用とか書かれた
ふつうのあんこが並んでいる。
こちらは1kgも入っておらず、適正な量と価格である。

 

どうしよう。
私、マサユキ(父)に860円プラス税、はたける

 

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最低な娘である。
しかし私は切実に売場で迷いまくった。
しゃがみ込んだまま、うんうんうなっていた。

いやだって、使い切れない量のあんこに、860円プラス税でしょ。
そんだけあったら、日用品、いくつか買えるのに。
あんこのために、今月の千円弱、私、使える?

 

しゃがみ込んだまま動かない女のそばを
若い母親とお子様連れが通りがかる。
女の子は「ブラウニー♪」とか言ってる。
そうかい、よかったねえ、
お宅のバレンタインはブラウニーかい、
我が家はこれからいちご大福だよ…
そんなあいづちを脳内で打ちながら
私は必死に戦っていた。
ようやく訪れた、
白あんの理想のいちご大福を父に食べさせてあげられる道か、
節制して、
ふつうのあんこのいちご大福を作る合理的な道か。

 

悩める脳内を、午前中の父の姿がかすめた。

 

 

父は、ひな人形を出していた。

 

 

ひな人形をいつまでも出しっぱなしにしていると、
娘がお嫁に行き遅れる――。
そんな言い伝えがある中
我が家はその昔、
毎年ひな人形を出しっぱなしにしていた。

 

その言い伝えを知った年頃の私は
そうなんだってよ、と耳打ちしたことがある。
両親は笑って取り合わなかった。
だいじょうぶだから。
そんなの、迷信だから――。

 

して、これだもの。
もう誰も、笑えやしない。

 

近年父は、願を掛けるかのようにひな人形を出すようになった。
しまうときも、きっちりすぐにしまうようになった。
そんな父が痛ましくて、
私は去年今年と、準備を手伝えなかった。
両親とも、私が妻となり母となる未来を信じて疑わなかったのだ。

 

ごめん。おとうさん、ごめん。
あたし、買うよ。白あん。
1キロ、買うよ。
思い浮かぶ父の後ろ姿に、
こんなところで父を大安売りしている場合ではないと思い直す。

 

ダンベルみたいな白あんを片手に
「お願いします」とレジに立ち寄る女。

 

このあと、いちご大福が大変な変身を遂げることなど、
このときの私は知るよしもなかった。

思いのほか長くなったので、つづく。

メロンまん伝説

先日忘れられないワンピースやらコートやらにからめたお話をしたが、
私には忘れられない中華まんがある。
メロンまんである。

 

メロンまん、という時点で
『中華まん』と称してよいのかわからないが、
それはやはり、中華まんと同じノリで売られていたのである。

 

あれは20年以上前になるだろうか。
記憶がおぼろげなのだが、
たしか生協で出会ったと記憶している。
スイミングスクールの帰り道、
母と立ち寄った生協のフードコートの、
コンビニなどでよく見かける中華まんの蒸し器みたいな箱の中で
それはある日突然売られていた。
店頭ののぼりには『メロンまん』とあった。

 

仰天した。
メロンが、中華まんに。

 

そもそも、果物の中華まんなんて聞いたことがない。
驚きと同時に、心を奪われた。
何を隠そう、私はメロンが大好物なのである。

 

母方の実家付近はメロンの生産が盛んで、
毎年夏には祖父母が地元のメロンを送ってくれた。
幼い頃の人生初メロンがよほどおいしかったのか、
私は3歳にはすでに、殿堂入りレベルでメロンが好きになっていた。

お恥ずかしい話だが、その頃、
切り分けたメロンの果肉を
皮の向こうが透けて見えるほど貪欲にすくったという逸話まで残っている。
「きれーいにね、もう、向こうが透けて見えるくらい」
母は娘の顔に、無心にトンネルを掘り進める男たちの表情を見たという。

ちなみに兄の好物は寿司と牡蠣フライ。
なんとも親不孝な子どもたちである。

 

 

そんなわけで、メロンまんは私の心を激しくつかんだ。
いったいどんな味なのだろう。
もはや私がメロンの申し子と化していることを知っている母は
「買って帰ろうか」と声をかけてくれた。

 

母の車の後部座席で食べた
人生初のメロンまんは、格別においしかった。

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記憶もはっきりとしているつもりなので、
メロンまんの形状はおおよそこの図と相違ないものといえる。
まろやかなミルククリームが
上品な淡いきみどりの生地とあいまって
とことん優しい甘みを口いっぱいに広げてくれた。
幸福な味わいを胸いっぱいに吸い込んで、
私はとてもとても、満ち足りた気分で家路についた。

 

またあるとき、
スイミングスクールの帰りに母と生協に立ち寄ると
メロンまんは、もうそこにはなかった。
そんなに期間は経っていなかったはずなのに、
まぼろしのように、あとかたもなく消えてしまったのだ。

 

以来20年、メロンまんにはお目にかかっていない。
私にとってあの一個が、
人生最初で最後の、唯一のメロンまんであった。
打っていて「お前が俺には最後の女ァ~♪」
という山本譲二の歌声が一瞬よぎったが
山本譲二みちのくひとり旅』作詞:市場馨 作曲:三島大輔
みちのく、と聞いててっきり東北人だと思い込んでいた山本譲二
実は山口県出身と知ったのはつい近年のことである。

 

 

なんにしろ、最初で最後、唯一であるがゆえに
私の中では思い出すと甘やかな気持ちになる、
伝説の中華まんとなっている。

メロンまんは、まるで
あこがれを形にしたような姿で現れ
ほんのいっとき人生が交差したものの、
二度と逢うことが叶わなかった忘れがたい少女のようである。

 

うちの店に置かれているフォトフレームに、
こんなメッセージが書かれたものがある。
『思い出は遠くなるほど美しくなる』。

メロンまんは、彗星のごとく現れ、そして去った。
その去り際の潔さは、
まるでマイクを置いたきり二度と舞台に姿を現さなかったがゆえ
今なお伝説となっている、山口百恵のごとくである。
百恵ちゃんを中華まんになぞらえたと知れたら
私はなんらかの団体に命を狙われるかもしれない。

 

あのとことん淡い水彩のようなグリーン。
メロンまんは美しい思い出として、
私の記憶を淡く彩り続ける。

愛のショコラパイ

ただいま我らが雑貨店では、絶賛バレンタインデーフェア中である。
年がら年中何かしらの祭りに参加している気がするが、まあ、いいだろう。

 

そんなわけで、店頭にはチョコレートが所狭しと並んでいる。
フォーマルな箱入りチョコレートに、ポップなお配りチョコ。
キャピキャピとはしゃぐチョコレート売場の輪の中に、
それこそ年がら年中扱われている定番品としてにも関わらず
ここぞとばかりにちゃっかり仲間入りし、もてはやされる商品がある。
スティックショコラパイである。

 

スティックショコラパイは、
普段からギフトに選ばれることの多い人気商品である。
ただし年中店にスタンバイしていることもあり、
これといって特別見向きもされずに、日々地味に活動している。
その人気の微妙な薄さたるや、
ちびまる子ちゃんでいえば関口くんクラスとでも言おうか。
そんな彼らがちやほやされる唯一の機会がバレンタインなのである。

 

2月初め。
きたるバレンタイン商戦に備え、
スティックショコラパイが大量に入荷した。

 

すると、検品を進めていたスタッフが悲鳴を上げた。
「やだぁ、ちょっと何コレー」
彼女はもはや笑っていた。
「これだけすごい焦げてるー」

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松崎しげるだった。
キラキラと砂糖がまぶされて白く輝くショコラパイの中に、
一本、まぎれもなくそこには、松崎しげるがいた。

 

「どうしよう、これ一緒に出せないよね」
「いや、でも…炭!までいってないし」
「確かにこんがりで美味しそうといえば美味しそうですよね」
「でも他のがみんな白っぽいのに、アレ?ってならないかな」
「ほら、松田龍平松崎しげるで、
 松崎しげるが好き!って人もいるわけで」
「やめて何そのたとえ」
「お菓子としげるを一緒にすんじゃないよ」

 

さんざん協議された結果、
スティックしげるパイはギフトセットに組み込まれ、
単独でディスプレイされる結果に落ち着いた。
松崎しげるもソロ活動だったのだから、
ちょうどよい着地点といえよう。

 

ところで同様の事態は
パン屋でのアルバイト時代にも経験したことがある。
数あるパンの中で、三本の指に入るレベルで好きだった
紅茶メロンパン。
ほのかに香る紅茶の香りとメロンパンの甘みが
絶妙なハーモニーを奏でる一品で
アルバイトの学生の間でも人気が高かった。

 

その紅茶メロンパンが、
時折どういう手違いか、焼かれ過ぎて登場することがあった。

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もう、しげる
地獄の業火で焼かれた帰りみたいなメロンパン。
もうこれメロンパンじゃなくておせんべいじゃない?って勢いの
しっかりしたブラウンに、私たちは言葉をなくすほかなかった。
厨房でどんな手違いがあったのかは知らぬが、
こうした事故が、ときたま起こっていたのである。

 

けれど、思うのだ。
こうした不格好なお菓子が登場するたびに
「あぁ、何かしらの形で、人が関わっているんだなぁ」と。

 

何かを誤ったのか、もしくは何かを試みて失敗したのか。
その過程に、人が関わっていたぬくもりを感じてほのぼのする。
てっぺんからつま先まで、
機械的に、無機質に処理されただけじゃない何かを、そこに感じる。

 

 

余談だが、しげるパイのギフトセットは無事買い取られていった。
あれきりしげるナイズされたスティックパイにはお目にかかれておらず、
いま少し、寂しささえ感じている次第である。