純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

バーニンバーニン、きみの昼だよ

これは私の強みでもあり、
時として悲劇を呼ぶウィークポイントでもあるのだが、
私はなかなかの貧乏性である。

 

過去にギンガム姐さんの過重労働
ヴィッツの凄絶な最期について語ったが、
それより遥か過去、私が学生だった頃にも悲劇は起きていた。

 

 

あれは上京して一年目の秋だった。
講義もない土曜日の昼間、突然思い立ってクッキーを焼くことにした。
紅茶のアイスボックスクッキー。
練った生地を棒状に固め、
冷凍庫で少し休ませたのち、
金太郎アメのように切り分けてオーブンで焼く、といったシロモノである。

 

冷凍庫でカッチリと引きしまった生地を切り分けていく。
うん、いい感じ。
えーとあとは、170℃のオーブンで30分ほど焼く、と。

 

いそいそと天板にクッキングシートを広げ、
切り分けた生地を等間隔で並べていく。
うん、いい感じ。
オーブンの予熱も済んだし、あとは生地を焼くだけ。

 

待つ間、次第にふんわりと漂う紅茶の香り。
バターの香りとあいまって、幸福な空気が辺りいっぱいに広がる。

焼き上がったクッキーは、それは優しい色をしていた。
人でたとえるならばウエンツ瑛士みたいな感じである。
ふわりと香る幸福な香り。
まさに、至福のときのために生まれてきたお菓子であった。


手元を見下ろすと、金太郎アメたちがまだころがっていた。
誰かにあげるわけでもないのに、
うっかり30枚ほどの全量分で作ってしまったのである。

 

焼き上がったクッキーをきれいにはがし、
クッキングシートの上に新たな金太郎たちを並べてオーブンに入れる。
さっきが30分だったから、
予熱を考慮して、今回は20~25分くらいかな。

焼き上がったクッキーは、小麦色をしていた。
人でたとえるならば
5年間太陽の光を浴びなかった松崎しげるみたいな感じである。
紅茶のいい香りが辺りに漂い、非常に優雅なしげるっぷりである。

 

それでもまな板の上にはまだ金太郎軍団がころがっていた。
私はしげるたちをきれいにはがし、
クッキングシートの上に最後の金太郎軍団を整列させ、
オーブンへ送り込んだ。

 


三度目ともなれば、思い切って15~20分程度。
のんきに洗い物をしながら焼き上がりを待っていると、
何やら香ばしいにおいが漂い始めた。
紅茶の香りではない。
まるでミートソースのようなにおいである。
何かをしっかり煮詰めたようなにおい。
うちかな? まさか。
トマトなんて使ってないし、おかしいな、
そう思ってあわててオーブンの扉を開けると

 

 

ブシャアアアアアアアアアア

 

 

 

もう、大惨事。
おびただしい、黒煙に次ぐ黒煙。黒煙パラダイス。
私は大慌てで金太郎を取り出し、天板ごと流しへ放り込み、
台所の換気扇を強めて、窓を全開に開け放った。
もうオーブンの中の金太郎がのきなみ黒こげの焼死体となっているこの惨状を、
悲劇と呼ばずしてなんと呼ぼう。

 

どうして、15分で抑えていたのに。
うろたえる私の指にふれたのは、
燃えるように熱いクッキングシートであった。
まるで鍛冶職人に打ち込まれている最中の日本刀であった。
オーブンや、焼く時間が悪かったわけではない。
あろうことか私はクッキングシートを三度使い回し、
熱され続けマグマと化したシートの上に金太郎を寝かせたことで
金太郎が無残にも炭と化した、と。
まさしく人災である。

 

まだ、いける――。
そのマインドの前に、
これまで幾度となく、多くの犠牲者が私の前を去っていった。
あの金太郎事件は、アパートの火災報知器が鳴り響けばあわや大騒ぎであった。

まだいける。
そう思うのは、私自身に対してだけにしよう。
そう固く誓う昨今なのである。