純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

テーマフロム、トーホク。

悲報は突然、降ってわいた。

 

「おはようございます!
 国道、バイパスとも大混雑のため、
 杉山、まだ店にたどり着けていません。
 出勤の際、お気をつけください(><)」

 

それは私の出発時刻5分前のことであった。
そして、うちの店の開店時刻5分前のことでもあった。

 

私の思考回路はショートした。
杉山さんと私は、激しく近所というか、
なんだったら母屋と離れ、くらいの距離感のハイパーご近所さんなのだが、
同時に私たちは勤務先ともそこそこご近所さんであり、
開店時刻5分前にたどり着けていないなどとは
通常では考えられない。
杉山さんからの哀しい通知は、
窓の外で非常事態が起きていることを如実に物語っていた。

 

 

大混雑?
いったいなぜ?
こんなに晴れているのに。
交通事故だろうか。
だとしたら、なぜもう一方も大渋滞しているのか――。

 

 

つってもね、
杉山さんがLINEをくれた時点で、
私がフツーに職場にMajiで間に合う5分前なわけで、
お気をつけください(><)っつわれたって、
もうどうにもお気をつけようがない時間帯なわけで、
残された選択肢は、どう考えたって、
一刻も早く家を出るってことだけで。

 

 

まあ、息せき切って、飛び出しましたよね。
さして凍ってもないフロントガラス、
エンジンかけて10秒も待たずして飛び出しましたよ。

 

 

「バイパスにもう30分もいます。。
 家出てすぐの交差点は5回も信号見送りでした。。
 気をつけてくださいね泣」

 

杉山さんのLINEがついに泣いてる。
いやいやまさかねって、
ほら、家出てすぐの交差点来たけど、
信号直進、ぜんぜん、よゆーで行くじゃない!

ねえほら杉山さん、私の頃はよゆーでしたよーって、

 

 

 

全然余裕じゃなかった。

 

信号越えたとたん、別世界だった。
ドラゴンボール蛇の道かな?って思いましたよ。

 

そんなわけで、バイパス改め蛇の道
いっこうに進む様子を見せなくって、
あーこれは、Majiで遅刻の5秒前だなって、
もう誰が見ても確信できるレベルに果てしなく続いてて。

 

これは、もう。

覚悟するしかない。

 

 

 

「杉山さん、だめだ、引き返してきました。
 歩いていくことにします!」

 

 

いらない、何も、捨ててしまおう。
そう、私は車を、捨てた。
捨てたっつーか、引き返して、もう一度家を出発した。
10分間の不毛すぎる旅だった。

 

店長にも惨状を伝え、
少し遅れるけれど必ずたどり着いてみせます、って
勇者の旅立ちみたいなセリフを放って、
店長もどうかご無事で、とか村の乙女みたいなコメントを返して
とりあえず再出発したわけですけど。

 

その道の、険しいこと険しいこと。
普段車道走ってて、うすうす、地獄だな、と感づいてはいたものの、
歩道がこんなに地獄だとは思いもしなかった。
久々のドカ雪続きの冬に、除雪がぜんぜん追いついてないのね。
とりあえず歩道が野放しなの。
もう、ワイルド。あるがまま。
すんごい野性味をもって、私たちを待ち受けてる。

 

 

まさかあんな悲報が5分前に届くなんて思いもしなかったから、
リュックもいつもどおり登山者みたいな重さでね、
まさかこんなワイルドロードを歩くなんて思いもしなかったから、
靴もいつもどおりのスニーカーでね。
すんごい晴れてて雪に跳ね返ってまぶしいのに、
私が歩き出すと、風の又三郎かなってほどに、
天から冴え冴えした風が吹き荒れ始めて、
ちょっとしたトッピングで細かい雪なんか舞い始めちゃったりしてね、
もう控えめに言って、地獄。

 


なんかもう、ひたすら雪原を歩く高倉健みたいな気分になってくる。
南極物語のメインテーマが聞こえる。

 

 

高倉健ばりに歩いても歩いても、
あれ、いっこうにあのハデハデな青い車も、
いっぺんも追い越せてない気がするんだけど?なんて気づいてしまったら、
よく見ると、蛇の道が少しずつ進み始めてるっていうね。
あたし、なんのための高倉健

 

 

高倉健劇場がもはや無意味だったという
深い哀しみをリュックの上に乗せてね、
歩いても歩いても、
冴えまくった風はどこまでも冷たく冴えているというのに、
不思議と汗ばんで、暑くって、たまらなくってね、
半分くらいたどり着いたところで
歩きながらワイルドにダウンを脱ぐっていうね、
なんか鈍器みたいなリュックしょいながら脱いでるから、
うまく脱げなくって、
一時的に郷ひろみみたいな感じになって、歩いてね。
アーチーチーアーチーみたいな。
ジャケットちらり、みたいなね。
もうね本人は、それどころじゃないんです。

 

 

 

そんなこんなでたどり着いた店で、
ボッコボコの雪道を歩いてきたダメージで
足が生まれたての小鹿みたいになりながら勤務して、
昼休みにミチエ姐さんがそーっとそばを通過する気配で目覚めたら
休憩終了5分前だったなんてほどに、熟睡しちゃうなんて。

『今』が命の雪の上、
健さんも私も、知るよしもないのであった。