純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

ラリアットからのジャーマンスープレックス

前回父にまつわるエトセトラを書きつづって以降、
レジへ駆けつけようとして
店のマネキンを顔面から張り倒したり
両替機に大量の硬貨を投入して
レジ金を詰まらせたりしている間に
うっかり七月どころか八月になってしまったので、
いいかげん父の日の話を書き終えようと思う。

 

前回、父の日ギフトのやる気のなさについて語ったが
こと私はというと、父の日ギフトの作成が好きである。
ブラック、ブルー、
この辺りのカラーを基調としたシックなギフトに仕上がることが多く
スタイリッシュで店の画も引きしまり、
なんとなく作っていても楽しいのである。

 

その楽しさゆえにどうなってしまうかと言うと、
むろん、ふざけ出す。

 

これは姉妹店へ出向したときのエピソードからも明らかで
まあホントのことを言うと母の日でもふざけているのだが
父の日となると、その倍で悪ノリがすぎるのだ。

 

 

特に今年は、恰好のえじきが入荷したのである。

 

 

「ねえねえ日向さん」
先輩が品出しがてら、私に耳打ちする。

「日向さんが好きそうなお茶碗、入荷してるよ」

 

えぇー! どれですかー!って
嬉々として食器売場へ赴くと。

 

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私は見るなり大笑いした。
他にもいくつか新商品が並ぶ中、
先輩がどれを指しているかは、一発でわかった。

「みんなで言ってたのよ。
 これ、絶対日向さん好きだよねって」

確かに、好きだ。
スタッフ間で私のツボはもう周知のとおりである。

 

だってもう、明らかに浮きまくっているのである。
他は花柄とか十草模様とか
ポップないちご柄とか、
可愛い柄が所せましと並ぶ中で
唐突にプロレスラーが混ざり込む様を想像していただきたい。

しかも彼の同期は、ポーリッシュポタリー系の
モダンでおしゃれなお茶碗たちである。
どういう経緯でいきなりアスリートが投入されたというのか。

 

「これさ、ドラマに出てたやつと同じシリーズなんだって。
 ほらあの、長瀬智也のドラマ」

あれか。我らがクドカンこと宮藤官九郎脚本の。

「なるほど、それは絶対売れますね!」

それが半月経っても微動だにしないなんて、
このときの私たちは思いもしなかった。

 

 

さて、愛すべきプロレスラーのために私が出来ることと言ったら。

 

「日向さん」

店長はキッチンコーナーへ私を引っ張っていって、言った。
「コレ、日向さんですよね」

 

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「いきなり食器売場に混ぜ込まれててびっくりしたんですけど」
「イヤほら、販促も兼ねまして…
 キッチン担当の杉山さんも、いいじゃん!って…」

店長はやれやれといった具合に首を振ると、

「せっかくですから、父の日のメインテーブルに置きましょう」

と、話は意外な方向へと展開していった。

 

「い、いいんですか!?
 あの空間、かなりオシャレな感じでまとまってますけど」

「だって父の日ギフトですよね。
 あそこに置けば売れるかもしれませんよ!」

 

 店長・・・!!!

 

 父の日ギフトとして認めてくださった上、
 メインに混ぜてよいということは、
 売れる見込みがあるということ・・・!

 

 ん?それともメインに置かないと売れないかもしれないということか…?

 

 ええい、細かいことはあとあと!
 これで晴れて、
 レスラーも父の日おすすめギフトの仲間入り…!!

 

 

 

父の日、一週間前。 

待てど暮らせど、動く気配を見せない。

 

父の日までの数週間、
渾身のプロレスラーセットは
店頭で異様な存在感を放ち続けた。

 

コーヒーとマグカップ、とか
おしゃれなおつまみとロックカップ、とか
ルームフレグランスとハンカチ、とか
シックで洗練されたギフトセットの山の中にあって
一点だけ色も内容も猛烈に違う。
猛烈に、浮いている。

 

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BGMに長州力のテーマが流れていた。 

 

それでも彼は店頭に立ち続けた。
そもそもPOPの

「プロレス・格闘技好きのお父さんにはコレ一択!」

とか、めちゃめちゃ限定的過ぎる。
プロレス好き×お父さんという限られたターゲットのご家族が
父の日ギフトをウチに買いにくる確率なると、
もうグンと狭まる。

一点集中で狙いすぎて、果てしなくリスキー。
こんなところで一世一代の大勝負に出てしまった日向を、
店長、どうか叱ってください・・・!!

 

 

父の日、前日。
プロレスラーは今日も店頭で看板を守り続けている。


さすがに盛況ぶりを見せる店内を逃れ
バックヤードで水分補給をしていると、
後輩が息せき切って駆け込んできた。

 

「日向さん!!」

燃える闘魂、売れましたよ!!!」

 

私は狂喜乱舞した。
ジャンプして、ガッツポーズのような奇妙な動きをする私を
後輩は「よかったですね!」と優しいまなざしで見守っていた。

 

宇宙旅行の巻に引き続き、
今年の父の日も味をしめてしまった私のふざけグセは、
どうやらこの先も直りそうにないのである。