純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

涙のラプソディ

「もえこせんせ。そうたと、けっこんしますか?」


忘れもしない、私の人生唯一の、プロポーズの言葉である。

 

お相手の年齢は、4。
場所は、勤めていた幼稚園。
年少クラスの水飲み場付近での出来事であった。
しかし彼は数日前に、
担任教諭のあんな先生にも同じことを言っていた事実を決して忘れてはならない。

 

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時は流れて4年後。
一日で会った男性は、
職場の警備のおじいちゃんと父の約二名という日もめずらしくない、齢30の女。

三連休を含む連勤明けの、待ちわびた休日。
陽の光がさんさんと降り注ぐ、さわやかな朝。

作り置きおかずの新着メニューでもチェックしようかな、と携帯を開いたときのことである。

 

「ところで報告なんだけど、結婚することになりましたー!」


友人からのメッセージ。
もうVRで画面から花とか飛び出してる勢い。

いきなりワンパンチで、ダウン。
ガラ空きの顔面に、強烈な右ストレートが
それはもうお手本のように、きれいに入った。


そっ、か。

 

ついに、彼女も、か。

 

のろのろと朝食をとりながら、
まさに思考回路はショート寸前。
もうブィーーーンって脳がフリーズしてる。

ねえ待って、どうして今日なの?

けたたましく鳴り響くクリスマスソングのもと、
笑顔で必死にラッピングして、
ギフト渡すときフィッティングルームにつまずきながら参上してお客様に心配されて、
休憩時間、タイムスリップして
ティーセット売り切らないと現代に帰れないみたいな夢を5分くらい見てうなされて、
多忙を極めた三連休を乗り越え、
やっとたどり着いた休日の朝に、
どうして私はこんなに心を痛めていなくてはならないの?

 

今月14日に「今日は7日ですよね」とのたまった店長の疲労に心を痛め、
あと4年は人生を共にしたかったヴィッツの死に体に心を痛め、
バカ売れしたトムテが再入荷したとたん、
誰にも見向きもされなくなって
店内でちょっとした集落を築いているさまに心を痛め、

いったいこれ以上何に心を痛めろというの?

 

 

正直ね、泣いた。
朝イチで寝具一式洗濯機にかけながら、
ごうんごうんと回る洗濯機のそばで、うずくまって、ひっそりと、泣いた。


それこそ刺さって抜けないかなしい言葉を、
いくつも浴びせてきた、彼女。

 

彼女は、ほしがられた。

私は、いらないと言われた。 

これで、独り身はまわりに一人もいなくなった。
日向もえこ30歳。
名実ともに、ラスボス。
難攻不落の城どころか、攻め入る人員も見当たらない、孤高の城。

 

呆然と紅茶を飲む。
そんなときにラジオから流れだす堺正章の「さらば恋人」。
マチャアキさん、こんなときに優しい声出すのやめて。
泣く。泣くから。ただでさえ泣く曲なのにほんと泣くから。
いつもーーーのとこらへんからメロディー泣かせにくるから。
しかもこの曲も筒美京平さんなの。
どうしてこんなに天才なの。

 

彼女の幸せが悲しいんじゃない。


友人も、誰も、みんな幸せでいてほしい。
呼ばれる人気はぶっちぎりな私、
何度も友人の結婚式に出席して、
彼女たちの笑顔を見ると、私もやっぱりうれしかった。


悲しいのは、この吉報に傷ついてしまっている、自分。
どうして傷ついてしまうの。
おめでとうって、曇りのない笑顔で、言ってあげられないの。

 

どんなに頑張って生きていても、
「結婚しました」の一発に、独りの女たちは勝てない。

誰かの人生に選ばれるたった一人という、
替えのきかないもの、
「その人でなければ成立しないもの」の、最たるものだから。

 

 

私たちはたぶん、自分の人生を、認められていたいんだ。

 

 

結婚「しない」のではなく、「できない」人は。
「できなかった」人は。
まるで、世界から「いらない子」と言われたようにさえ、感じてしまうのだ。

あなたは、誰にも必要とされなかった。
あなたのことは、誰も待ってなどいない。

 

私にまとわりついて離れなかった人。

「私」が好きだったんじゃなくて、
「私がくれるもの」が好きだっただけなんだ。
そう気づくのに、ずいぶんかかった。


私、誰かの「都合のいい人」になりたかったわけじゃない。

私も、誰かを幸せにしたい。

 

「私自身」なんて必要ないのかもしれない。
それでも、「私」という人間が生きている限り、
「私」が紡ぐもので誰かを少しでも幸せにしていたい。

 

 

きっと数えきれないいろんな形の「持たざる」に泣く人がいて。
みんな、どこかでひっそり泣いていて。


どうして、みんなみたいにできないんだろう。
どうして、みんなみたいになれなかったんだろう。

 

そう言いながら、膝を抱えてひとり、泣く。

 

 

「持たざる」があふれるこの世界で、
ひとり泣く心に、寄り添いたい。
すべてに届くことは難しくても、
ひとりの人が、本当のひとりきりになってしまう。
それだけは、少しでも、どうしても防ぎたい。

 

でもいったい、私に何ができるんだろう?

 

誰かがほっとしたり、うれしくなったり、
少しでも幸福になれるために私が差し出せるものは、何?

 

 

日々、自問しながら進むのだ。
今日も、きっと明日も。

 

私の雨模様の心をよそに、
変わらずさんさんと陽の光が降り注ぐ、昼下がり。
たまりかねて、心の行き場がなくて、
ピアノででたらめに、竹内まりやの「純愛ラプソディ」を弾き始めた。
この曲が不倫を歌っていることを最近知ったけれど、
この痛み、せつなさ、
まりやさんはどうしてこうも、心をくみ上げてくれるんだろう。

 

片づいてゆく仲間たちに ため息
どこまでも 主役には なれない私でもいいの
 ―竹内まりや純愛ラプソディ』―

 

 

 

どんな状態の心にも、明日はやがてやってくる。

朝がくれば、私の出勤時刻。
どんなことを考えたって、お客様は店へやってくる。
お客様がやってくるなら、
そのとき私ができることは、温かくお迎えすること。

明日もきっと笑顔で、店先に立とう。