純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

嘘みたいなアイミスユー

第一印象は最悪だった。
でも今は、アイツが気になってしかたがない――

 

小売業のカレンダーは、いつだって未来を走る。
ハロウィーンとかいう
定着したんだかしてないんだかわからないイベントが終わったとたん、
余韻にひたる間もなく今度は
「みんな、クリスマスだよ!」と急き立ててくる。


街ゆくどこでも、クリスマス。
我らが雑貨店も、クリスマス一色だ。


店内にはクリスマスソングが狂ったように鳴り響き、
バックヤードに、クリスマスシーズンの商品が
ローマ帝国軍みたいな勢いで運び込まれてくる。
彼らの手にかかれば、バックヤードなんてもう、植民地。
自分のかばんの置き場をいかに確保し、守り抜くかという、まさに決死の攻防。
油断したらかばんの上に大量の靴下とか乗せてある。
そんな折。


「うわあ、また来たコレ」
先輩がため息まじりに言うのが聞こえ、思わず振り返る。

 

 

 

f:id:hinatamoeko:20201108234946p:plain

怖い怖い怖い怖い!!!!
「な、なんですかこれ!!!!」
「ん?ああ、日向さん去年この時期いなかったもんね。
去年も入ってきたのよ~、コレ」

大人気だから今年も仕入れたんだって。
事務部の通達に目を通しながら先輩は言う。

「わたし、これ怖いんだよね~」

先輩がおびえた表情をする。
私も、呆然と人形を見つめたまま、うなずいた。

なんておそろしい風貌だろう。
朱色とも言えそうな、奇抜な赤がいっそう恐怖をかき立てる。

いったいなんなのだ、あの人形は。

どうにも気になり、休憩時間に人形について調べてみた。
先輩が「ノームみたい」と笑っていたことをヒントに、
「ノーム」
「北欧 妖精」
と検索を試みた。

すると、みごとヒット。
彼らにそっくりな人形が突如検索結果に現れたのである。

どうやら彼らのモデルは、
トムテという北欧伝承の妖精らしい。
「インスタでも近年人気」とのこと。
先輩も私もインスタグラムを使っていない。
映えの世界は奥が深いようである。


心というものは不思議なものだ。
ただ一つ、もう一つ、知ることで
そのものへの感情がガラリと様変わりする。


私はトムテについて引き続き調べた。

 

「トムテの仕事は農場の家畜、とりわけ馬の世話」
「非常に働き者」
「清潔で古い農家には、トムテが住んでいるといわれる」
「優しい性格で農家に繁栄をもたらす」
「いたずらをされた場合には仕返しをする」

(参照:Wikipedia「トムテ」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A0%E3%83%86

なに…トムテ…
なんだろう。トムテが可愛く思えてくる…

好きな食べ物は甘いおかゆ、とか。
何なのこの心をつかむキャラ設定。
先ほどはさわるのも怖れていたのに、
知れば知るほど、トムテが好きになる不思議。


休憩から戻るなり、即座に先輩に報告した。
「あの人形、トムテっていうらしいです」
「トムテで検索してみてください」
「性格とか、いろいろ出てきてもう…」

「世界が変わります」

先輩は一時間後に豹変して帰った後輩に若干引いていたが、
就業後すぐに、トムテのとりこになっていた。
「日向さん、いま調べたんだけどさぁ…」
「なんかトムテ、可愛いなあって…」

 

もしかして、好きかもしれない。
そう気づいたときには、いつもたいてい、遅くて。


次の日。そのまた次の日。
あくる日もあくる日も、トムテはまとまって買い取られていった。
「もう可愛くって、孫へのプレゼントにしようって!」
不思議なことに、見る人によって
可愛い・怖いの二択で評価が分かれる。
何も知らないお孫さんが泣き叫ばないことを祈りながら、
我々スタッフは何匹ものトムテを里親へ送り出してきた。

そうして今、
我らが雑貨店には、わずか3匹ほどのトムテが残るのみとなっている。

 

やって来たあの日は、もう店のそこかしこに、ひそんでいた。

 

ここにまぎれているのは
さすがに異様だよねって笑い合った、アクセサリー売場の上。

アクセサリー売場を追い出されて、
ちょこんと座っているのを見て
主(ぬし)みたいって思いがけず吹き出した、チョコレート売場の上。

関連がなさ過ぎて
手帳売場でシュールな空気を放っていた、
「スケジュール帳2021」とかいうポップの隣。

いつしか、そのどこからも、こつぜんと姿を消して。

アクセサリー売場で店を見下ろすように座っていた後ろ姿。
チョコレート売場から虚空を見つめるような横顔。
スケジュール帳ポップの横での、すまし顔。

すべてが、夢だったように立ち消えて。


居たとき以上に、その存在はありありと思い浮かばれて。


出会った頃はまさかこんな感情になるなんて、思わなかったよ。
君がいなくてさびしい、だなんて。