純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

思いがけない告白

店長と遅番を終えた帰り道、
「日向さんって休みの日、いったい何してるんですか?」
と実に不思議そうに尋ねられた。

 

同僚から見て、私のプライベートは謎に包まれているらしい。
「基本引きこもってるからなぁ」と常々口にしてきた私が、
同じフレーズを発した直後の問いであった。

最新の情報にうとい。
テレビもネットもさほど見ないようである。
そして、めったに出歩かない。
そんな人間がどんな過ごし方をするものなのか、
なかなか検討もつかないらしい。

「休みですか…」
ちょっと考えて、ここ最近のことを答えた。
「布団干して、掃除して…
何か書いたり読んだりしてます」


店長は、ふーん?という顔をして
「本当にどこにも出かけたりしないんですか」
と、なおも続けた。

どこにも。
「スーパーに買い出しと…」
だめだ、これでは店長の期待には沿えない。
あ、と思い至って
「あと、図書館に通ってます」と答えた。


店長の反応はおそらく
「そんなもんか」といった軽い落胆だろうと思っていたのだが
予想に反して、店長は目を輝かせた。
「そちらの公営図書館、新しくなりましたよね!」
「カウンター席なんか、勉強しにくる学生さんでいっぱいで…」

ええ、そうですそうです、と返しながら、

店長も、図書館に来たりするんだ。

少々意外な反応に面食らいながらも、
今まで知らなかった店長の一面に心が浮き立った。

「わたし、好きな作家さん?っていうんですか。いるんですけど」
店長はキラキラした瞳で話し続けた。
「うちの町の図書館にあるぶんは、全部読み終わっちゃって」
「そちらの図書館にも見に行ったんです」
「でも、新刊がなかなか出なくて…」

ん?

 

――いいわね2週間よ!
――あなたはきっとわたしと「ガラスの仮面」を借り合うのよ!

 

亜弓さん…!!


亜弓さんの声が、聞こえる…!!!!

 

好きな作家。
図書館にあるぶんを制覇し、
待つのは新刊のみ。
ふと、心当たりと結びついたのだ。

 

ガラスの仮面も、新刊がない。

 

うちの図書館には、最新刊がまだ、ない。
蔵書検索をして、その事実を知った。
そして決意したのだ。
図書館にあるぶんまでは借りて読み切り、
新刊と併せて単行本を大人買いするのだ、と…!

よもや店長も、交換日記をかわす、
あまたいる姫川亜弓の一人だったのではないか。
そうだ、新刊を待っているだなんてキーワード。
そうに違いない!

「あ、あの、もしかして…」

 

――「待っているわよ」

 

ガラスの仮面ですか!!?」

 

私の中で、もはや確信に変わっていた。
もう声が喜んでた。
ところが。
店長は大笑いしながら首をふった。

「ちがいます!!!」

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違った。
まごうかたなく、違った。
「それではないです」
残り笑いを引きずりながら、店長は断言した。
「あなたのそれと私のそれとは、おそらく全く違う」というニュアンスが暗がりの中でもわかった。

え…ちがうの…?
私…わたし…
ただ、ガラスの仮面ファンであることを告白してしまっただけ…?

 

自爆行為だった。
語気に込めた熱量から、店長は私が相当夢中になっていることを察したに違いない。
激しい思い込みと勘違いから、
ひそかなものとしてきた
ガラスの仮面への熱い思いを、
店長にうっかり漏らしてしまったに他ならないのである。
違ったという事実に驚きうろたえる私であったが、
まさかのカミングアウトに驚いたのは、他でもない店長であろう。

 

それにしても、店長が好きな作家とはいったい誰なのか。
小説家なのか、絵本作家なのか。
シリーズがどうこうとも言っていたから、
村上春樹の羊男、村山由佳のおいコーシリーズ、
そのあたりを思い浮かべてみたけれど、どうにも違う気がする。

これはこれで、気になってしようがないのだ。