純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

その道のプロフェッショナル

接客業というだけあって
雑貨店での仕事は接客が基本にあるけれど、
あれはいつの夏だったか。
店長が、カウンターで靴下の発注書を作る私のもとへ来て、言った。

 

「日向さん」
「接客、代わっていただけませんか」

 

顔を上げて見ると、
店長は心細そうな微笑みを浮かべていた。
おびえるような、ちょっとすると泣き出しそうなその表情。
店長がそんな表情をするのを、私は初めて見た。
私は驚き、二つ返事で、店長の指し示す方向へ飛び出していった。

 

 

「お待たせいたしました~!」

 

そこには、おやっさんが立っていた。
ずらりと並んだUVカットのアームカバーを見上げ、
途方に暮れたように立ち尽くしている。

 

いったい、何があったのだ。
私は半分警戒しつつ、笑顔でおやっさんへ近づく。

 

おやっさんは、カールおじさんによく似ていた。
ランニングシャツにステテコ、
夏らしい麦わら帽子をかぶり、
さながら農村のカールおじさんといった姿であった。

 

いかがされましたか、と声をかけると
おやっさんは頭をかき、
「どれがいいのがやぁと思って…」と眉を下げて笑った。

 

贈り物かな、と思って話を聞いていくと、
なんとおやっさん自ら着用するためだという。
なんでも、かかりつけの医師から
夜眠るときに腕を冷やさないよう指導があったそうなのだ。

 

「これなら、腕、温められっかと思って…」

 

紫外線の弊害から身を守るのに
男女は関係ないことは確かだが、
うちで扱っているUVカバーは婦人ものだ。
ヘタするとフリルとかついちゃってる。


どうする。どうするどうする。
カールおじさんは困ったようにUVカバーの群れを見上げている。
私はおやっさんの横顔を見ながら、
がぜん、おやっさんの願いを叶えたいと思った。
承知いたしました、と大きくうなずいて
猛然とカールおじさんの接客に取り掛かった。

 

 

「柄についてはいかがですか?
 やっぱり、水玉とか花柄とかだと抵抗がありますか」
「うーん、んだなぁ、ちょっとなあ」

「長さはいかがしましょう。
 50センチだとだいたい腕のこの辺りまで来て…
 67センチだとすっぽり覆うくらいです」
「んー、こんぐらいまで来りゃあいいなあ」

 

ゴム口がきつくないものがいいですかねえ、
カラーはベージュとグレーがございます、
あー、こっちのほうが似合いそう!


カールおじさんのリクエストに応えながら、
あーでもないこーでもないと二人でUVカバーを物色し
私たちは次第に売場でキャッキャと盛り上がり始めた。
カールおじさんにピッタリの一品をより抜くべく、
途中からもはや女友達さながらのやりとりがなされた。

 

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しまいには、
UVカバーを二箇所に分けて展開していたことを思い出し、
「こちらにもお好みのもの、あるかもしれません!」と
店のはずれのほうへとカールおじさんをいざなった。
店の隅で私たちは引き続きショッピングを楽しんだ。

 

おやっさん
「先生に、こいなのあったって相談してみて、また来る」
と、笑顔で店をあとにした。
私はおやっさんを見送りながら、
うちでお買い上げにならないにしろ、
何らかの形で、おやっさんの腕が守られることを願った。

 

 

 

カウンターへ引き返していくと、
店長と、居合わせた時計屋の営業の男が
意味ありげな笑みを浮かべて私を出迎えた。
けげんそうな顔をする私に、
店長は少しもじもじすると
「ごめんなさい、代わってもらっちゃって」と切り出した。

何かあったのかと心配する私に、
店長は少々言いにくそうに

 

「さっきのお客様に、UVカバー、
 『俺の腕につけてほしい』って言われて…」

 


なんと、
新手のセクハラかと店長はひるんでしまい、
それで私に助けを求めにきたということだった。
あのおやっさんは冤罪だったわけであるが、
考えようによっちゃ、いけにえである。

ええー。
またいけにえー。

なんなんでしょう、私のこのいけにえキャラ。
プライベートでは捧げ先いっこうに見つかんないっていうのに、
仕事ではもう捧げられまくり。引く手あまたです。
カールおじさんのケースのみならず、
変質者と疑われるお客様の来店時、
たいてい私が担当する運命にある。
バレーボールでいうリベロみたいな、
防御専門スタッフみたいなおもむきさえある。
ちょっとした用心棒。

 

爆弾処理班と同じノリで
変質者処理班というものがあったとしたら
それは間違いなく、私の担当である。

 

私の心情を察してか、店長はあわてて
「日向さんに何かあったら、
 すぐにゴトウさんに助けに行ってもらう予定でした」
と付け足した。
ゴトウさんとは、前述の時計屋の男である。
ゴトウはパーマのかかった前髪を指先でいじりながら、
口の端でニヤリと笑った。

 

えー、
うちの店舗担当の時計屋さんって、
皆さんきまっておチャラくいらっしゃるんですが、
残念ながらね、チャラ男はブスを、守らない。
まずね、守らない。
そんなことして、
あのとんがった靴の先が傷つきやしないかってことのほうが
彼らにはよっぽど一大事なわけです。
ブスは、あの武器みたいな靴の先に、勝てない。

 

 

確実になされたであろうゴトウの裏切りにより、
実質戦力1の状態で臨戦していた私。
おびえる姫を守るべく荒野へ放たれ、
その先で、友情を築き上げちゃった、私。

ここまで来るともう、いけにえっつーより、
もはや平和を守る勇者なんじゃなかろうか。
そんなことを思ってみる。

 

その状況で私を差し出したんですか!と笑ってみせると、
「日向さんなら大丈夫だと思ったんですよ」
店長は微笑みながら、真面目な調子で言った。

 

どういう意味ですか、と混ぜ返す私に
店長は笑って首を振り、

 

 

 

「日向さんは、どんな人に対しても、おんなじだから」

 

 

 

私は店長の顔を見つめた。
店長は微笑んでうなずいた。

 

こういう、お方なのだ。

 

私のことだけじゃない。
みんなのこういうところを、この方はよく見ている。

 

きっと私のことなんて
ネタ要員のしょうもないスタッフだと評価しているだろうな、と思っていたし
実際ときどき私のことをおちょくってみたりもするけれど、

まぎれもなくそれは、私が心掛けていることだった。

 

自分は受け入れられなかった。
そんな寂しい思いを、誰にもしてほしくなくて。

 

私だって聖人じゃないから、
いわゆる『一風変わったお客様』が来店すると、
内心やっぱり少しはひるんでしまう。

けれどもそれ以上に、
あなたのことを歓迎していますよ、ということを示したい。

 

ああ、引かれてるな。うとまれてるな。
そう感じたが最後、その方は絶対に、寂しい。
そんな思いだけは絶対にさせたくない。
受け入れたい。
お客様だから? ここが心安らぐ雑貨店だから?
そんなことは自分でもよくわからないのだ。
ただ、そんな寂しい思いだけは、させたくない。

 

ひそかな心掛けのつもりだったが、
店長の目には、私の思いがとりわけ切実に映ったのだろう。
なんだか胸にじんと来て、
店頭でゴトウを見送る店長の後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

 

もちろんこの日以後も、
異常事態が発生すると
無音のサイレンと共に私が現場へ召喚されるわけであって、
私は変質者処理班としてのキャリアを着実に積みつつある。

 

なんにしろ、かんにしろ、
今日も、我が雑貨店は、平和です!