純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

バーニンバーニン、俺の昼だよ

「もえ」
ふと、ふすまが開く。
「今日は俺が昼ごはん作るから」

 

土曜のお昼前。
中学一年生になったばかりの私は、
初めての定期試験へ向けてむつむつと勉強しているところだった。

「え!?」私はびっくりして振り返った。
「いいの?」

 

焼きそばでいい?
兄は、優しいまなざしを向けて言った。

妹をねぎらおうという兄心。
何より、兄の作るお昼ごはん。
その楽しそうな提案に、私はひとくちで乗った。

当時高校生だった兄。
野球部に所属し、昼夜練習に明け暮れていた。
朝、野球。
夜、野球。
休日も早朝から晩まで、野球。
あまりのハードさに、
授業中に激しい寝息が響き渡っても、
教師が振り返ってそれが野球部と知るなり
「寝かせといてやれ」と言ったというのはあまりに有名なエピソードである。

 

兄はその中にあって、勉学も怠らなかった。
ゆえにそんな彼が台所に立つ機会など、皆無であった。

 

 

 

「ア゛ーーーーー!!!!!」

 

 

台所から兄の悲鳴が聞こえる。
私は電光石火で立ち上がり、台所へかけつけた。
「どうしたの!!」

兄は狼狽しきって、言った。

 

 

「やべぇ、野菜、燃やした!」

 

 

 

兄上の炎上クッキング。
バーニング、ベジタブル。

 

 

ばかだった。私がばかだった。
楽しそうな提案なんて、のんきに構えていた私が、ばかだった。
兄が一人で台所に立ったことなんて、いまだかつてなかったじゃないか。
フライパンの中にあるのは、もはや焼きそばじゃない。燃えそばである。

 

兄妹ふたりで文字通りの火消しに回り、
生きながらえた野菜の切れはしをかき集め、
少々遅めの昼食とあいなった。

「だいじょうぶ、おいしいよ」
大量の炭を皿の脇に寄せたまま、私は言った。
「なんとか食えるな」
兄もやや真顔で言った。

冗談抜きで、やっぱり、
だいじな人の作ったごはんって、二割増しでおいしく感じると思う。

 

 

 

そんな兄も進学で上京し、
5年後にはカレー作りをマスターしていた。
受験のため上京した私に、夕飯として振る舞ってくれたのである。
「おにいちゃん、すごい、おいしいよ」
ちゃんとおいしい、と私はもはや感涙、という勢いで言った。
「あんな、野菜、燃やしてたのにね」

兄は「最近燃やさなくなったよ」と、笑った。

 

 

それにしても、炎上クッキングといい、ジーパン殉職といい、
どうしてこうも私たち兄妹は同じ失態に見舞われるのだろう。
次は共にいったい何をやらかすのか。
少々先が思いやられる二人である。