純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

需要と供給

うちの店では、靴下を売っている。

 

靴下の発注を担当したことがあったのだが、
そのチョイスが物議をかもし、ある夏、店長に呼ばれた。

 

「日向さん、これ、」

 店長は問題の靴下を指し示した。

「どういうことですか」

 

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「どうしてこれを入れようと思ったんですか」
「いや・・・保育士さんとか・・・買うかなって・・・」
「うちの店、そんなに保育士さん来ます?」
「あと・・・女子中高生とか・・・」
「あー。おもしろ靴下、履きますもんね」

 

店長はめちゃくちゃ優しい人で、私の暴走をいまだかつて一度もとがめたことがない。
いつも優しく受け止め、見守ってくれている。
そこに甘えて、つい、私ったら、自分の趣味を・・・
バナナ牛乳が小学一年生の遠足で持たせてもらった思い出の飲み物で、
おいしいから今も好きで、
それでうっかり選んでしまったなんて、言っていいものか・・・

 

「いいですけど、売り切ってくださいね」

店長はニッコリ笑いながら、釘を刺した。

 

私は震えた。
あれだけ寛大に見守り続けてくれる店長の、大事なお店。
そうだ、売らなければいけないのだ。
当たり前の事実に私は震えた。 

 

おい、過去の私よ。聞こえているか?

冷静になって、よーく考えてごらん。

 

バナナ牛乳、10足、売れる?

 

ロット10で、20頼まなかったところに
おまえの自信のなさが透けて見える。

売れるわけねーべって、思ったんだろ。
客層と店のテイストを考えると、あんま売れねーべなって、思ったんだろ。

でも、店頭に並んでいるのを見てみたい欲望に負けて、
こわごわと、10足だけ、頼んだんだろ。
そんなバクチに、あの大天使店長を巻き込んでいいわきゃないだろ。

 

私は激しく後悔した。
店長、ごめん。ごめんなさい。
バナナ牛乳好きなばっかりに。
いや違う、バナナ牛乳に罪はない。
罪があるとすれば、私の、悪ノリだ。

 

それからというもの、バナナ牛乳の売れ行きをハラハラと見守る日々が続いた。
バナナ牛乳は売場で真っ黄色に輝き、周囲から明らかに浮きまくっていた。

保育士さんが買うかも。
くつしたシアターとかもあるし。 
そう思ったけど。
でもさ、くつしたシアターでバナナ牛乳が登場するシチュエーションってどんなん?って話。

 

ところがどっこい、バナナ牛乳は見事完売を迎えたのである。 

 

信じられなかった。
歓喜で胸がむせかえった。
この世に、バナナ牛乳靴下を求める人は、確かに存在したのだ。

 

 

これに味をしめ、私は秋にとんでもない暴走を始めてしまう。

 

 

「日向さん、これ、」

 店長は問題の靴下を指し示した。

「どういうことですか」

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「これ、日向さんの趣味ですよね」
「え・・・あ・・・う・・・はい」
「なんでこれ選んだんですか」
敬老の日向けに、いいかなって・・・」

 

事実だった。
私の趣味に走ったのは確かだが、
敬老の日向けにふさわしいと考えたのは本当である。

店長は半分笑って問いかけていたのだが、「あぁ」と納得の表情を浮かべた。

「おじいちゃんおばあちゃんで、相撲すきな方、けっこういますもんね」
「ちょうど、九月場所もありますし・・・」
「ウケる。そうなんですね」
「ぜひ見てください」
「ううん、たぶん見ない」

 

「売れるといいですね」

店長は私の趣味を応援するように、微笑んだ。

 

しかし。

 

全然、売れない。
前回のバナナ牛乳のときと違って、
待てど暮らせど、売れる気配を見せない。
手に取られている様子すらない。 

 

人生とはことごとく非情なものだ。
悪ノリで仕入れたバナナ牛乳が売れて、
わりと真面目に仕入れた力士が売れない。
人生には、こうしたことが、往々にして起こるものだ。

 

私は焦った。
なんとしても売らなければならない。
九月場所で盛り上がっている今が、チャンスなのに。

 

焦った私は、とんでもない行動に出た。

 

「日向さんコレー」

他の先輩スタッフに呼び止められた。

「コレ、絶対うそだよね」

 

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嘘だった。
人気どころか、そのエリアに人っ子ひとりとどまらない不人気ぶりだ。
私は正直に言った。
「はい。売れ行きは、No.1じゃないです」

 

「でも、私のおすすめ、No.1です」

 

事実だった。激オシだった。
よく見ると力士もポップなタッチで描かれていて、けっこう可愛らしい。
カラー展開もおしゃれで、敬老の日にも、素直におすすめだったのだ。

 

加えて、私はキメ顔で、言った。
「そのうち、このPOPが現実になりますよ」

 

先輩は「うそだ!ぜってーうそだ!」と笑って肩をバシバシ叩いた。

 

 

ランキングPOPには、販促効果がある。
嘘をつくのは苦手だ。
でも私には、不思議と自信があった。
敬老の日人気No.1――
これが現実となる瞬間が訪れると。

 

 

そして敬老の日の直前、
それが現実とあいなったのである。

 

 

力士、バカ売れ。
レジに来る人来る人、みんな力士を連れてくる。
力士をラッピングしてくださいって言ってくる。
小学生のきょうだいなんて、敬老ギフトで、2足買いしてった。

 

すもう柄、No.1ポップで、売れた。

 

私は目頭を熱くした。
まさか、これほどとは。
ランキングPOPの効果を思い知った一件だった。

汚れが目立ちやすい「白」が一足だけ最後に残ったため、
彼は私が記念に買い取り、今も自宅で活躍している。

 

 

バナナ牛乳も力士も売り切れたのに、浮世でしっかり売れ残ってる私。

No.1ポップつけて歩けば、私も売り切れんのかな。