リラコが教えてくれたこと
大切なことは、ぜんぶリラコが教えてくれた。
とみに肌寒くなった今日この頃、
私は毎夜たいへん粗末な格好で眠っている。
ワンピースと、Tシャツ+ズボンの2パターンを交互に回していたのだが、長年の勤労がたたり、ズボンがついに瀕死になってしまった。
10年以上前、うちの雑貨屋で購入した、ギンガムチェックのズボンだ。
ウエストをヒモでギュッと締めるタイプだったのだが、遠慮なく10年たっぷりシメ上げた結果、ギャザー部分がボロきれ同然になっている。
カサカサにヒビ割れ、悲鳴を上げている。
これは、さすがに寿命かな。
ギャザーのヒビ割れには、5年ほど前から気づいていた。
貧乏性の私は、ズボン全体はまったく傷んでいないことから、まぁまだいけるだろうと、ムチ打ってズボンを働かせ続けたのである。
その結果が、これだ。
ヒビ割れからヒモが、ばつが悪そうにのぞいている。
ズボンはすりむけた体で、懸命に私の体を温め続けてくれたのである。
かわいそうだ、引退させてあげなくては。
穏やかな余生を、このズボンに送らせてあげよう。
そこで目をつけたのが、
ユニクロさんとこの、リラコちゃんである。
何を隠そう、以前から瀕死のズボンのピンチヒッターとして、ときどきリラコを投入していたのだ。
ワンピース。
Tシャツとズボン。
ワンピース。
Tシャツとリラコ。
ワンピース・・・
ギンガム姐さんを引退させるためには、新人リラコを投入する必要がある。
そんなわけで、時機を待った。
今年こそは、ギンガム姐さんの代わりを見つけるぞと意気込んだ。
夏も本番を迎えたばかりの頃。
「リラコ、590円!!」
リラコが、ユニクロのチラシの一面を堂々と飾った。
あふれんばかりのリラコたちが紙面に花を添えている。
そう、待ちわびていた時機は訪れたのだ。
しかし、そこでつまらん考えを起こしてしまうのが私である。
「まあ、どうせまた安くなるでしょ!」
私、知ってるんだから。
シーズンの終わりには、もっとびっくりするくらいの安さで、ワゴンで売りさばかれること、知ってるんだから。
馬鹿だ。私は、馬鹿だ。
あのとき、あのときわずかな貧乏性っぷりをぬぐい去ることができたら。
ギンガム姐さんは、どんなにか救われたのに。
やがて、そのときはやってきた。
「リラコ、590円!!」
よし来た!と、こぶしを握りしめた。
ま、結局値段は変わらなかったけど、
ここいらで姐さんの代役を見繕って、と・・・
私は鼻息も荒く、チラシを覗き込んだ。
目を疑った。
そして、悟った。
ギンガム姐さんの代わりが務まる者など、もうそこには残っていないということを。
10年主演女優を務めたギンガム姐さん。
その後釜をめぐり、オーディション会場はそうそうたる美女でにぎわっていた。
所狭しと、華やかな乙女たちが立ち並んでいた。
ところが今は、姿いずこ。
会場に残されていたのは、私のようなリラコ。
通行人Aすら務まるかあやしい、完全にスクリーン映えしない彼女。
そう、祭りは終わってしまったのだ。
私はガックリと膝をついた。
うかつだった・・・!!
あのとき。
あのとき、「君だ」と選んでいれば。
あのとき、心を決めさえすれば。
美女軍団は、私の貧乏性ぶりに愛想をつかし、皆どこかしこかへ行ってしまった・・・
リラコは教えてくれた。
チャンスを手にしたら、いついかなるときも、決して逃さず、しっかりつかみ取らなければならないということを。
さもなくば、大事なものを失うかもしれないということを。
そのチャンスは、もう二度とめぐってこないものかもしれないということを。
人生には、往々にしてこのようなことが、起きる。
リラコは人生において大切なことを教えてくれた。
その日の夕刻。
ギンガム姐さんは、もう1シーズンの続投を、緊急記者会見で表明したのである。
今宵もギンガム姐さんは、私の足を温め、共に眠っている。