純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

危険なクッキングパパ

うちの店には酒豪がいる。
ミチエ姐さんである。

 

ミチエ姐さんは
もはや母親といっても差し支えないほどの大先輩で、
小柄で細身、
それでいて力持ちでお人好しで、
混雑するレジカウンターへ呼ぼうものなら
くノ一のような走りで馳せ参じる
我が雑貨店の愛すべき姐さんである。

 

 

ミチエ姐さんの酒豪エピソードは
スタッフの証言により徐々に集まり、
先日姐さんの飲酒量を月単位で割り出したところ
ひと月に25リットルの酒を消費していることが判明した。
勤務時間がガタガタのシフト制の変則勤務において、
これはなかなかのペースであると言える。

 

ついにビールサーバーを契約してしまったと告白する姐さん。
スタッフから「何やってんの!」と総ツッコミを受ける姿に、
私は姐さんと出会って半年の頃を思い出していた。

 

一年で最も多忙を極める3月。
クタクタの身体を引きずって共に退勤する中、
「ビール買って帰らなきゃならないんで!」
とチャキチャキ歩いていく背中に
ああ、ご家族に買って帰るのかな、
こんなに疲れてるのに姐さんはえらいな、なんて尊敬しちゃって、
運ぶの手伝いますよ、
って言ったら
だーいじょうぶ!
って笑った顔が本当に大丈夫で、
気をつけて持ち帰ってくださいね、
って別れて帰ったあの日のビールが、
ねえミチエ姐さん、
まさか姐さんの晩酌分だったなんて知ったときにはびっくらこいたよ。
あの日あれから晩酌する体力気力が、
姐さんのきゃしゃな身体の
いったいどこに残っていたというの。

 

 

そんなわけで
酒好きが大半を占める我らが雑貨店においても
不動の酒飲みクイーンとして君臨するミチエ姐さんであるが、
先日、店内でとんでもないものが見つかった。

 

 

「日向さん、あのディスプレイ見た?」
先輩がカウンターで肩をふるわせて笑う。
「え?」
辺りをひととおり見回して
「どれですか?」と向き直ると、
先輩は、上、上、と笑った。「キッチンコーナーのほう」

 

言われるがままにキッチングッズのコーナーへ赴いて間もなく、
私は笑いながらカウンターへかけ戻った。
「あれ、ミチエ姐さんですね!?」

 

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どう見ても、ミチエ姐さんのしわざだった。

「あれさあ、父の日向けのエプロンをディスプレイするのはいいのよ。
 なんで酒飲ませちゃったのって」
「しかも一緒に鶏せせり持ってますよ」
「あれだよね、姐さん絶対自分がやってるよね。
 なんだっけそれ、酒飲みながら料理作るアレ、」
「「キッチンドリンカー」」

 

姐さんのディスプレイへのツッコミは止まらない。

「しかもあの高さのガラス棚に陶器置くって」
「大地震のとき直下にいたら間違いなく死ぬやつですね」
「もう姐さん、ホント、姐さん…」

 

私たちは二人並んで、
酒狂いのキッチンを見つめながら、
笑わせようとしていなくても私たちを笑わせてしまう、
愛すべき姐さんを思って、ひとしきり笑った。

 

 

 

後日、店長の指導の下
姐さんの殺人ディスプレイは変更されることとなった。
脚立に登ってチャキチャキと直しに入る姐さんを
私たちは温かなまなざしで見つめていた。

 

今日は父の日。
姐さんのディスプレイは、内外共に好評を博し続けている。