純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

ヴィッツ・レクイエム

もっと、一緒にいられると思っていたのに。

 

今日ね、車検だったんですよ。2年おきの。
久々にね、本当に久々に行ってきたんですよ、車屋さんに。
そしたらね、

私の車、死にかけだった。

壊れかけのRadioならぬ、壊れかけのヴィッツ

今日っていうか気持ちとしては、さっき。
起きたてほやほやの事件で、心がいまだに冥界から還ってこない。
そんな状態なんですがあえて、書き残します。

 

 

「日向さんって、ずっとマニュアルなんですか」

点検を待つテーブルの向かいに腰を下ろしながら、営業担当の青年が言った。
担当の方が、雑談のような空気でテーブルに来ることなど初めてだった。
私は意外に思いながら、「はい」と答えた。
「そうですね、これでずっと。1台目です」

 

すると彼は言いにくそうに、
「今、中の部品を見させて頂いているんですが」と切り出した。

彼によると、異常が見つかるかもしれない、とのこと。

「日向さん、お車、何年お乗りですか」
「えっと…6,7年になりますね…」
「それでは、中古で?」
「はい。父が見つけてきてくれて…」

 彼は、そうですか…と小さく口にしたのち、

「お車としては20年近いものとなりますので、
 もしかすると…」

修理の程度によっては、見積金額はさらに跳ね上がることとなり、
金額によっては、車の買い替えを検討すべきとのことである。
なるほど、彼が来たのはその宣告のためか。

「整備の者からは、異常が見つかれば内線で呼ぶとの話で…
  いま少々、お待ちください」

彼が再びテーブルにやってきたのは、そのわずか5分後だった。

 

 

「どうぞ、こちらに回って、ご覧ください」

営業担当の彼に連れられるままたどり着いたのは、整備工場であった。

「日向さん、一緒に来ていただけますか」
テーブルの脇に立ったまま言う彼の面持ちは、重大な欠陥が見つかったことを物語っており、
整備工場への道のりはまるで霊安室へ向かう心持ちだった。

対面したヴィッツ
思わず涙ぐみそうになる。
整備士の若者に挟まれておとなしく伏せるヴィッツは、
いつもより小さく、弱り切ったように見えた。
その姿を見たときの心情は、入院患者となった家族を見たときのそれと似ていた。

「ここにですね、オイル漏れが…」

なんと、本来漏れてはならない箇所に、おびただしいオイル漏れの跡が見つかったのだ。

「ここは、本来の色はこうなんですよ」整備士の若者は、白銀の箇所を指さす。
「それが、オイルによって、真っ黒に…」

青ざめる私に彼は、
「エアコンから異音がしていたのは、いつ頃からですか」と尋ねた。

「夏です。夏に、家族から指摘を…」
「そうですか…」彼はなぐさめるように眉を下げた。
「これが原因だった可能性が高いですね」

私はさらに青ざめた。
ヴィッツは夏中ずっと、血だらけで必死に私の体を涼ませ続けていたのだ。

「ちょっと、リフトしますので」彼はさらに続けた。
「頭上に気をつけて、ご覧ください」

 

グィーーーーーン・・・

 

私のヴィッツが天高く持ち上げられていく。
タイヤも根こそぎはずされて、あられもない姿で持ち上げられていくヴィッツ
その姿はまるで、息絶えたナウシカ王蟲の触手に天高く抱えあげられる、あのシーンを彷彿とさせるものだった。

 

ラン、ランララ、ランランラン♪

ラン、ランラララーン…♪

 

「この内部にオイルの付着が…」

 

ラン、ランララ、ランランラン♪

ララララランランラーン♪

 

「このベルトの部分がですね…」

 

ランランランラン、ラララララン♪

ランランランラン、ラララララン♪

 

もうナウシカ・レクイエムしか聞こえない。
彼の説明なんか半分も入ってこない。
悲しみのこの光景。
ごめんね、ごめんね、
私が馬車馬のように働かせたばっかりに…!!

 

f:id:hinatamoeko:20201112011315p:plain

整備士、営業担当の彼らによると、
20年近い車はもはや、相当なご長寿であると。
私のパートナーであるヴィッツはもはや100歳近いご老人であるにも関わらず、
その体にムチ打ち、年中無休でこき使った結果、
もはやヴィッツは虫の息だったと、こういう話である。

日向さんの乗り方が悪いんじゃない、経年劣化で致し方なかったんです。
彼らは口を揃えて、半ば私を励ますように言った。
しかし、私の脳裏には、彼女の姿が浮かんで消えなかった。

 

ギンガム姐さん…!!

 

ギンガム姐さんと同じだ。
老体にムチ打ち酷使しまくった末の、燃えカスのような姿。
パジャマといい、車といい、
チーム日向の構成要員はどうしてこうも死にかけている者ばかりなのか。

むろんそれは、私の監督不行き届きゆえである。

私はぐっと奥歯をかみしめた。
ギンガム姐さんと同じ過ちを私は、ヴィッツにも…!

 

 

整備士は、新たな見積書を私に手渡した。

その金額は、当初の2倍。

これに、修理代金がさらに上乗せされるという。

 

放心状態の私に、別れ際、営業担当の彼は新車のカタログを手渡した。
ナウシカ・レクイエムが鳴り響いたまま、私は車屋を後にした。

 

車検のリミットまで、一か月を切っている。
ご老体のヴィッツ。もっと未来があると信じていたヴィッツ
決断の時は、もうそこまで迫っている。