純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

あなたと私のくつした

靴下が好きだ。

靴下を見るのも、履くのも、描くのも好きだ。
集めようとせずとも集まってしまう、
その程度には靴下が好きだ。

うちの店には年に数度、
3足組で500円の靴下が登場する。
これに私は、実に弱い。
というのも、この靴下がなかなかどうして、コスパの高い品なのである。

まず、意外に品質が良い。
仕事で2,3日に1回という頻度で履いても、1年以上もっている。
どうせ500円クオリティなのだろうとあなどっていたところ、これはうれしい誤算。
ちまたで繰り広げられている
あなたってクールでそっけないと思ってたけど意外と優しいのね、みたいな
マイナスからの加点方式だったこともあり、
私の中で500円靴下の評価はうなぎのぼりであった。

次に、デザインがかわいい。
500円靴下といってあなどるなかれ、
3足1000円の面々と比べても遜色ない素敵デザインがめじろ押しなのである。
アーガイル、ストライプ、チェック。
小花柄、シンプルな無地のリブタイプ。
さまざまな需要に応えるべく、ラインナップも豊富だ。

そんなわけで、
毎度ついつい手が伸びてしまうのである。
今期こそは買うのを控えよう、と思っているときでさえ、
気がつけば3足を手にしている。
日向買います、とかメモをつけて、バックヤードに持ち去るのが常である。

 

しかしここで浮上するのが、
「靴下はどこまで履けるか問題」である。

 

先日、またしても500円靴下が店にやってきた。


私は今期こそ買うまいと心に決めていた。
なぜなら、前回買った靴下たちが、まだまだ現役だからだ。
クローゼットの中で、ちょっとした靴下の集落みたいなものが出来上がっているというのに、これ以上買い集めるのは強欲というものである。
そう自分をいましめて、買うまい買うまいと考えていた。
しかし。

 

「今回の500円、かわいいよねー」


先輩が、500円靴下を眺めながら言った。

私は激しく同意した。
「いいですよね!」
「素敵なのいっぱいありますよね!」
「しかも意外と長持ちしますし、
私なんか仕事の靴下は500円にお世話になりっぱなしで…」

先輩はけげんそうな顔になって言った。
「うーん。そんな長持ちかなぁ~」
「私この前買ったやつなんか、すぐ毛玉になっちゃって…」

私はどきりと、靴下を補充する手を止めた。

 

え。

 

「でも可愛いし、
500円ならこんなもんかなって、
つい買っちゃうんだよね。
今回も買っちゃおうかな~」
先輩はにこにこと、一足手に取りながら言った。

先輩と話す私の足元はまぎれもなく、
細かい毛玉が表面を彩るアーガイルソックス(1年前の500円靴下)だった。
私は震える声で、そうなんですね~とあいづちを打った。
ズボンのすそをロールアップしていて隠れもしないのに、思わず片足をサッと後ろに組む。先輩に失望されたくはない。


靴下は、どこまで履けるのか。

 

言い訳するようだが、私も毛玉だらけで平気なわけではない。
さすがにフォーマルな場に毛玉だらけの靴下で参上はしないし、
休日を過ごすお出かけ用の靴下は、さすがに無頓着ではない。
ただ、基本スタンスとして、
すり切れて穴が開くまでは、履いている。
穴こそ開いていないが、
汚れが落ち切らずに、洗っても不潔な印象に映るもの。
これなんかも、雑巾などに降格している。

ただ、雑貨店は肉体労働が主である。
ジーンズにスニーカー、といったなりで、
大量の段ボールを処理したり、
ほこりだらけのモップをはたいたり、
膝をついて売場替えを行ったり、
何かとすぐに衣服は汚れてしまう。
靴下はあくまで労働用、ということで、
多少の毛玉は気に留めてこなかったのだ。

 

そう、おそらくは、正解などない。
あるのは、個々人の線引きだけだ。

 

お風呂の脱衣所でパジャマを畳んで用意しないと気が済まないけれど、
冷蔵庫から期限切れのケチャップが出てきても平気な人。

パジャマはぐちゃぐちゃで用意して風呂場へ入っても、
食品の在庫管理はきっちりしないと気が済まない人。

お札の向きは揃って財布に入っていないと気が済まない人。
お札の向きはバラバラでも平気だけれど、
床に髪の毛が落ちているのはうんと気になる人。


今でも大好きなドラマ『最高の離婚』。
最終話の結びで、
かの偉大でチャーミングな大女優
八千草薫さんが演じた、
主人公・光生の祖母が語る。

「ああだこうだとうるさいけど
誰だってひとのことをとやかく言えっこないのよ。
そりゃあ…いろんな人いるわ。
いろんな人がいて…
だから、おもしろいのよ。
人生って」

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いろんなものさしを、
一度「そっか」と受け取れる人でありたい。
ものさしからは、その人の大事にしているものが見えてくる。

それにしても、
暮らしの豊かさを売る雑貨店で、
毛玉ソックスじゃあだめかぁ、なんて。

私は結局今期も、500円靴下を購入したのであった。