純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

たとえアウトレイジでも

世はクリスマスもクリスマス。
この国は2ヶ月間クリスマスを開催しないと気が済まないらしい。

 

そのためか近頃、男性客のギフト購入が増えている。

 

正直、男性客のギフトラッピングが一番緊張する。
だいたいが女性向けのギフトなのだが、
ラッピングの良し悪しが、彼らの評価に少なからず影響すると思うからだ。

いくら選んだ品物が素敵でも、
包装紙がたわんでいたり、リボンが曲がっていたりしては、台無しだ。
袋タイプなら、じゃばら部分はなめらかなカーブを描かなくてはならない。
イケてる男を演出する力添えとなるべく、
全神経を集中し、非の打ちどころのない包装を心掛ける。

 

しかし、その日の緊張は、いつもと種類が違った。

 

バックヤードのカーテンを開けて表へ出た瞬間、

「すいません」

 

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わー!!!!!
だめだ、BGMにZeebraのネヴァ・イナフ流れてるー!!

え、なに?なに?なんの日だっけ今日?
電気のアレ?配電盤チェックの日?
ぎょ、ぎょ、業者の方ですか?

 

「ストールって、ありますか」

 

へ?
ストール…?

あ、お、お客さまかぁ。

 

クリスマスソングの流れる中、
仏頂面でたたずむ男性。
とても「お買い物」といった様子には見えず、
服装からも一瞬本気で業者さんだと思って固まってしまった。

「ストールですね!こちらにご用意ございます!」
私は我に返り、小走りで彼を売場へ案内した。

 

「あんま、毛とかつかないやつってどれですか」
男性は売場をじっと眺め、直立不動のまま言った。
毛とかつかないやつ、と。
うーんと。
「たとえばこちらですね…!」
私はハイゲージのチェック柄ストールを指した。
「モヘアタイプだと毛羽が気になる方もいらっしゃいますけど、
ハイゲージタイプなら比較的安心かと思います」

「んー……」

うーん。ちょっと好みと違った?

「あとは…こちらですとか」
私は他のハイゲージタイプを片っ端から示した。
「こちらもおすすめできそうです」
一つ手に取って見せる。
レオパード柄で、好みは分かれますが」

男性はひとつうなずき、
「それにする」と言った。
加えて、ブルーグレーのシックな大判ストールを選んだ。

 

いざ会計、とレジカウンターへ案内する。
ところがどうも、様子がおかしい。

2枚のストールをたたんで用意が整っても、
男性は一向にレジへ近づこうとしないのである。

「他に何か、店内ご覧になりますか?」
気安さを装って声をかけると、「ん、いや」と視線を合わせずに短く否定する。
ってことは、お会計ってことで、いいんだよね?

その後も、
現金をトレーに置くなり、レジを離れる。
釣銭を受け取るなり、レジを離れる。
会計の間ずっと、そわそわと視線を泳がせている。
その動きを見ていると、
あくまでどうしても、私の正面に納まることを避けているようなのだ。

 

ラッピングを施しながら、どうしたのだろうと考え続けていた。
そしてふと、思い至ったのだ。

もしかして、
本当にもしかしての憶測を出ないけれど。

 

防犯カメラに映ることを、避けたかったのではないだろうか。

 

レジの正面は、防犯カメラのターゲット箇所である。
レジの背面には、防犯カメラが映し出すテレビ画面が取りつけてある。
つまり客から見て、スタッフの背景に防犯カメラの映像が映し出されるのである。

彼は、レジへ案内してから、挙動がおかしくなった。

私の背後のテレビに、自分が映し出されていることに気づいたから。

 

そう考えると合点がいく。
手元がこわばり出す。
あのひとは、カメラに捉えられたくない事情を抱えているのかもしれない。
一目見たときも、会話をしていても、
どこか浮世離れしたような、不思議な印象を受けた。
この世の空気に、少々居心地が悪そうに、不自然におさまっているように見えた。

 

彼は何者なのだろう。
いったいどんな背景を抱えているのだろう。
でも、どんなことも、想像にすぎなくて。

 

ストール2枚を丁寧に薄葉で包み、
袋の口にじゃばらを作りながら、思ったのだ。

どんな人にも、誰かに贈り物をしたいという気持ちがある。

どんなお偉いさんでも、すねに傷を負っていても。
大切な誰かがいて、
その誰かを喜ばせたいと思ったり、
好きな食べ物があったり、
好きな色があったり。

こんなことが好き、
こんなことが幸せ。

うれしい、かなしい、
いろんな感情があって。

 

リボンを結ぶ手に、力がこもった。
贈り物をしたい、という想いに、応えたい。

たとえひとに言えないことをしていても、
どんな後ろめたい過去があっても、
あのひとの目の前の想いを、叶えたい。

 

手提げはいらないよ、と言った彼に
ギフトラッピングを手渡しに走る。
「どうもね」と手を軽く上げ、
きびきびと歩いていく後ろ姿を見送った。

どんな人にも、心がある。
心があるかぎり、ひとはひとと、繋がっていける。