純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

四人の侍

師走。

いったい誰なんだろう、年の瀬にシワスという言葉をあてた天才は。
もう、スピード感とか、別格のボス感とか、ほんとよく出てる。
師が走るんですよ。そりゃもう誰もが走りますよ。
調べても結局語源はよくわからなかったけれど、
古来から「他の月と一緒にされちゃ困る月」みたいな、
孤高のポジションだったのは確かだと感じる。


もちろん、うちの店も例にもれず、師走。
まだ師走デビューしたばかり、と油断していたのもつかの間、
気がついたらもう、師走の渦のさなかに放り込まれてた。
本格的に、師走ってる。

レジにね、いったん入るじゃないですか。
するとね、平気で3時間とかワープしてるんですよ。

その間、ずっとしゃべってるんです。
ラソンみたいに、給水スポットとか、ないわけです。
ずっと、水分も取れずに、延々と、延々と、
途切れず訪れるお客様を、ひたすらお迎えしては送り出し、
お客様がこの時期になるとなんかもう、
斬っても斬っても現れる侍みたいな感じで、
私はそれを迎えうつ上様みたいな感じで、一人で何人も斬り続けてるんです。
BGMは、暴れん坊将軍のテーマ、チャンバラver.なんです。
ごめんなさい、お客様。斬ったりなんて、しないんだけど。
でもほとんどその比喩に相違ないような光景。


で、その結果何が起こるかというと、
私が、しなびる。


夕方辺りでいったん、ちょっとお客様が、一瞬、
なんか引き潮みたいな感じで、サァッと引く瞬間が訪れる。
今までの侍の猛攻が幻とも思える静けさの中、
白い炭と化してぼんやりとした私は、
「ちょっと、お茶飲んできます」って、バックヤードへふらふらと消える。

しかし、しなびた体にいくらはと麦茶を注いだところで、
時すでに遅し。
朝の私はもう還ってこない。
半分遠のく意識と、
全身の血液がそこで女子会でも開いてんじゃないのかってほど、
集まって居座ってなかなか帰っていこうとしない足元と、
使い物にならなくなった脳みそを携えて、
残りの勤務時間を乗り切るほかなくなるのである。

 


焦ったのは、夕刻時の、ある一件である。

 


体調不良でスタッフが欠勤し、
急遽マイナス1名の状態で日曜日の店を回すこととなったのだが、
ただでさえギリギリの人員で回している我が店、
今日はその上、ローマ帝国軍ぐらいの規模の侍が、店へ押し寄せた。
こっち、4人。
F4でもなんでもない、普通の女性スタッフが、4人。
かたや帝国軍が馬に乗って荒野をワアァ…って来るところを
カメラが空からのアングルでとらえ、
ぐんぐん近づくにつれ、
身一つで四人の女が立ち向かっていくのが見えるみたいな
もう、映画にしたらレッドカーペットに乗れるくらいの迫力満載の、
それはまぎれもない、死闘だった。

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そして上述のタイムワープを経験し、
夕刻の私は、もはや抜け殻だった。

ぼーっとした頭のまま、戦場跡と化したカウンターを片づける。

そんな中、若い女性がレジを訪れた。
手元にはギフト希望らしき商品を抱えている。
はっ、いけない、お客様だ。
ぼうっとしてないで、いけっ、私!


「ありがとうございます。贈り物でしょうか?」
まずはお決まりのセリフでスタート。
女性が「はい」とニッコリする。私は案内を続ける。
「ただいまラッピングが、通常用と、クリスマス用とございまして…」

そこまで言いかけて、意識がすう…っと、遠のく。

「……用でお願いします」

 

………

 

……………

 

はっ。

 

「はっく、クリスマス用と、通常用とございまして…」

あれ。

 

口が、私のわき腹を小突く。
「ちょっと!それぼく、さっき、言ったよ!」

 

あ、ああ。
言った言った、
確かに言った私、
クリスマスって言ったもん、覚えてる、
言った、私。

「あっ、た、大変失礼いたしました…先ほどご案内済みでしたよね…!」
ボッと熱くなる頬を両手で押さえながら、頭を下げる。
「同じことを何度も、申し訳ございません」


優しい女性は、大丈夫です、と笑う。
あああ、ごめんなさい。
私、私一瞬、半分、寝た。
大切なギフトを私にゆだねようってときに、
本当に、ごめんなさい。

 

自分でも、半分寝ぼけているのがわかる。
その後のレジでのやり取り中、
まるで寄せては返す波のように、
私の意識が夢と現を行き来しようとする。
必死に耐え抜き、なんとかオーダーどおりのギフトラッピングに漕ぎつけたものの、
あの失態は、本当に、ヒヤッとした。

 

私たちの怒涛の日曜が、終わった。
そもそも今日、日曜なんだよね?
大河ドラマ、放送してたから、間違いないよね。
もう、曜日なんて私の人生から姿をくらましたまま、帰ってこない。

それでも思うのだ、
土曜日曜が人生にあるかたもいて、
その日が楽しみなかたもいて、
その日に、特別な贈り物を用意しているかたも、たくさんいるのだということを。


そんなときに、カウンター越しに見たスタッフが半寝とかもう、
私はもういつ殴られたっておかしくない。

 

ああ、私は、皆さんの大切な瞬間を預かってるんだ。

 

その思いを胸に、気を引きしめて、
良いパフォーマンスのためには、良い睡眠を、ってね。
だから今月はなるたけたくさん眠らないとね、
なんて都合よく言い聞かせながら、
今晩は枕を高くして眠るのである。

そう、明日は、雑貨屋戦士、休息の日。