純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

ロマンスの果て

忘れられないひとこと。
そう、忘れられないほど心に残るのは、
いつだって、何気ないひとことだった。

 

先日ツイッターを始めたのだが、
信じられないことが起こった。

 

事の始まりは、我が家の茶の間のテレビである。

 

茶の間がざわついていたので立ち寄ってみると、
エレファントカシマシのヴォーカル宮本浩次
岩崎宏美の「ロマンス」を熱唱しているところだった。

 

青春をフォークソングと共に送った両親は、あっけにとられてテレビを見つめていた。
母は「なんかね、すごいの、宮本さん」と、
貧しいボキャブラリーを駆使して必死に状況を説明した。

聴いたことのないロマンスである。
もう、情熱的。燃え上がるロマンス。
宮本さんの魂をぶつけた歌唱から、
比較的性質がおとなしい日向家の住人は目が離せない。
宮本さんはラストの大サビ付近で、
やがて階段を寝そべり、ミュージカルさながらのパフォーマンスを始めた。
全身全霊のロマンスである。

 

過熱するミヤジワールド。
私は、その姿をじっと静かに見つめる父に目をやった。
画面の向こうで情熱的なミヤジワールドを展開する宮本さんと
その様子を無言で見つめ続ける父。

あまりの静と動の対比と言おうか、
その画のシュールさに私はおかしくなり、母と二人笑っていた。

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父はどんな思いで見つめているのだろう。
そう思っていると、

「カバーって言うならこれくらいやんなきゃダメなのかもしれない」
と真剣な顔でうなずきながら、ぽつりと父が言った。
そして深く感じ入った様子で、
「もう一回聴いてもいい」
と言った。

 

日頃から言葉少なな父がどんな感想を抱いたのか、
もう少し言葉を引き出してみると、
画面の向こうの宮本さんの歌唱に、
父は何か伝わるものを、感じ取ったらしい。
その目は確かに、心の震えを宿していた。
それはどうやら熱意だとか、本気度だとか、
宮本さんが歌に込めた魂そのものであったようだ。

エレカシを知らず、宮本さん自身も初見の父の言葉。
ただ面白おかしい話ではなく、

「本気の想いは、伝わるんだ」
「想いでひとの心を動かす宮本さんは、本物のアーティストなんだ」

と私も感動してしまい、
その勢いのままに番組で見た光景をイラストに描き、
なんの気なしに、ツイッターに投稿したのである。

 

 

恐縮な話だが、私は宮本さんについて決して詳しくはなかった。
以前よりエレファントカシマシというグループ名は聞いたことがあり、
音楽業界にうとい私でさえ知っているということは、相当有名であることを物語っていた。

宮本さんをまともに認識したのは数年前、NHKあさイチに出演したとき。
以来、チャーミングなかただな、と思っていた。
番組のインタビューなどで
とても一生懸命話される様子や、
魂のかけらすべてを注ぎ込んだかのように全身全霊で歌う姿、
黒いスーツをスタイリッシュに着こなす姿はとっても素敵だ。

熱心なファンでも何でもなかった私の、
あまりにも何気ない一言の、つもりだった。

それがまたたくまに拡散され、
多くの方々に共有されたのである。

 

びっくりした。
今まで自分がしたことがないことを、してみようと、
のろまな私には絶対に向かないと禁じ切っていたツイッターを始め、
まずは1日1ツイートを目標に、
慣れよう、慣れようとしていた矢先の話である。

パソコンを開いて、あまりの事態に驚愕した。
いったい何が起こったのか、心が追いつかなかった。

 

予想外の事態におろおろしながらも、思った。

 

こんなにも、「喜んだ」方がいたんだ。

 

おそらく発信したのが誰かなんて関係がなかった。
リツイートや、いいねをしてくださった方のほとんどは
私が何者かなんて知らなかったはずだ。

つまり純粋に、
その言葉で心が湧きたったから。

大好きな宮本さんが誰かの心を打っていることが、うれしい。
大好きな宮本さんの素晴らしさを再認識できて、うれしい。
皆さんそれぞれに、それぞれの思いがあったはずで、
ひとくくりには、とてもできない。
けれど。

 

大げさな言い方かもしれないけれど、
少なからず、幸せな気持ちになってくれたのだ。

 

自分の、
あまりに何気ない、たった一言で。

 

こんなにも、たくさんの喜びが生まれたのなら。
誰かの一日に、うれしい、の瞬間が生まれるお手伝いができたのなら。
こんなにうれしいことはない。

たった一言と、あなどってはいけない。
自己評価が低いと、自分の一言くらい、とあなどりがちだが
誰の一言も、ひとを幸せにしたり、傷つけたりする重みを持っている。
その重みを、改めて認識した一件である。

 

思えば、
今でも宝物のように大切にしているうれしい言葉も、
刺さったまま抜けないかなしい言葉も、
いつだって、大げさじゃないひとことだったな。

 

そして何より、
これほどまでにファンの方々に愛され、
これほどまでに幸せを喜ばれる
宮本さんの魅力に、感じ入った。
あの純真ささえ感じる、まさに「一生懸命」といった姿に、
大ファンというにはおこがましい私でさえ、打たれる。
ひとの心を打つ宮本浩次は、本物のアーティストなのだろう。

 

この話には、うれしいおまけがついている。
宮本さんの歌唱が忘れられず、
あくる朝改めて母とその話をしていた直後のことだった。

 

「ちょっと!!宮本さんが歌ってるよ!!」

 

掃除機をかける手を止めて振り返ると、
母がバタバタとやってきて、そう伝えた。
ついていくと、茶の間の、今度はラジオから、
宮本さんのロマンスが流れていたのである。

 

歌番組で聴いたときとはまた違った味わいの、ロマンス。
宮本さん流に歌い上げた、かっこいい、ロマンス。

 

「すごいねぇ」

 

貧しいボキャブラリーを駆使して、にこにこと母が言った。
私たち親子は立ち止まったまま、幸せな数分間に、ひたっていたのである。