純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

たぶんお呼びでなかった

うちの店に、男性の常連客がいる。

いるっていうか、もはや、いた。
推定年齢は40代後半~50代後半。
店長によると、
お気に入りの女の子と話すことを楽しみに来店しているらしく、
気に入った子がレジにいないと、
いつまでも会計に来ない。

ついには、お目当てのスタッフに恋人が出来たとたん、店に来なくなった。

これには、スタッフ全員が震えた。
誰も、彼に交際の事実を伝えてなどいない。
GPSでストーキングしているのではないか
という疑惑さえ持ち上がったお方である。


最近、シライさん、めっきり来ないね。

やっぱり〇〇さん目当てで来てたんだね、
なんて、ここキャバクラだったっけと
思い違えてしまいそうな会話をスタッフ間で繰り広げる。

 

そんな折、店の前で彼の姿を見つけた。

 

すぐさまスタッフに報告した。
そして何を思ったか、言った。

あたし、行きます!!
あたし、呼び寄せてきます!!
って。

呼び寄せるおとりっていったら、
村の平和のため、
古の神に捧げるいけにえみたいなもんです。
で、ふつう、いけにえっつったら美少女って相場は決まってるわけです。

それが、ねえ、
おまえ?
っていう。

顔面、その装備で行くの?っていう。
顔面、だいぶ弱いよね、って。

どっちかっつったら、美少女の友達で横にいつもいるモブ、みたいなわけです。
スラムダンクでいったら、晴子ちゃんにとっての松井さんみたいなポジションです。

いや…おまえじゃ…ちょっと…
っていう空気が、声にならない声が、
たちこめてるはずなんだけど、
みなさん優しいから、言えないでいるだけなんだけど、
どういうわけかこの日の私は、最大級に勇敢だった。

大切な常連さんですから!
なんとかつなぎ止めてきます!
って、聞かなかった。

「あたし、行ってきます!」

言いながら、走り出してた。
もう誰も私を止められなかった。

って、ああー。

モブ行っちゃったー。

立候補して行っちゃったー。

村にたたりが起きるー。

 

私は走った。顔面弱めだけど走った。
そしてとらえた。神のお姿を。

通路におどり出る。ターゲット、オン!
いけっ、私!

 

「シライさ~ん!♪」

 

気やすさを気取って、呼びかけた。
ネクラなのに、ちょっとムリしてがんばった。
気分は、キャバ嬢。

笑顔で、手を振りながら、
べつにしばらく来店してなかったこと
根に持ったりしてませんよーって安心感を与えたくて、
すこぶるフレンドリーな感じで、
軽くかけ寄った、次の瞬間。

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シライさんおめぇーーーーー!!!!! 

奇襲するスズメバチでも見た顔して、2階へ逃げていった。
私、一匹だったのに。

いけにえが神に逃げられるっつー大スペクタクル的展開。
大逆転。大どんでん返し。
究極の下剋上
映画だったらもう、
『あなたは最後の3分で驚愕する』
みたいな宣伝文句つけられるやつ。
モブをもって神を制す!みたいな。

とりあえず、村、たたられなかった。

 

すごい勢いで走り出てって、
すごい勢いで走り戻ってきて、
力なくひとこと、
「逃げられました」ってだけ、言った。

それを聞いた店のみんなは、
たちまち大笑い。


うちの店は、今日も平和です!