純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

おじいちゃんマップ

オーケー、これは現実だ。
間違いない。繋がっている。
 ――村上春樹 1988.ダンス・ダンス・ダンスより

通勤中、よく見かけるおじいちゃんがいた。

早番で出勤した際、
職員駐車場へ続く交差点を、
右にハンドルを切ったタイミング。
必ずこのタイミングで、
彼は公営体育館のそばから現れる。
わき目もふらず、まっすぐこちらへ走ってくる。

彼はいつも黒いトップスに、
ド派手な蛍光きみどりのパンツを履いていた。

モコパンを彷彿とさせるはしゃいだパンツ。
あまりに鮮烈に残り、
私はひそかに彼に注目し続けていた。

そんなある日。
先輩スタッフが何気なく口にした。
「最近早番のとき、おじーちゃんがジョギングしてて…」

私は前のめりで言った。
「わかります!!!」
「蛍光きみどりの短パンですよね!!?」

先輩は大笑いしてうなずいた。
Tシャツはこうだ、こんな走り方だ、
だいたいあのへんを走っている、
彼についての情報を交換し合ったところ、
先輩は私とは別な地点で彼を目撃していることが判明した。

点と点をつなぐと、想定される走行ルートが浮かび上がる。
名づけて、おじいちゃんマップ。
先輩と私は、
今後も彼の動向を見守ろうと固く誓い合った。

初めての目撃から早1年。

先輩と私はこの夏、
店から遠く離れた地点でも彼を目撃した。
興奮のままに情報を交わし合い、
さらなるおじいちゃんマップ更新を待ち望んでいたところ。

「最近、あのおじいちゃん見ませんね」

やっぱり日向さんも?と先輩は言った。
7月を最後に、彼は姿をくらましてしまったのだ。

「どうしたんだろう」
「何かあったんでしょうか」
「8月、暑かったからなぁ」
「まさか・・・」

私はごくりとかたずをのんだ。

「召されたんじゃ・・・」

「やめて日向さん!」
先輩は笑った。
「あの暑さにやられて?」
「い、いつ召されてもおかしくないお歳ですし・・・」
「召されてもおかしくないって!」
「そしたらもうご冥福をお祈りするしかない・・・」

遅番を終えた帰り道、
疲れも手伝ってなんだか高揚した気分で、
まあまた会えるでしょ!くらいのノリで、
笑えない冗談を笑い飛ばして歩いていた。
それが、9月のなかば。

しかし、
願えども願えども、
いっこうにじいちゃんは現れない。
遅番の帰り道、夜を走る人を見かけると、
思わず振り返ってしまう。
でも、その誰もが、あのじいちゃんではなかった。

いよいよ胸がざわついてきた。
じいちゃんは本当に、もう、どこにもいないのかもしれない。
じいちゃんはマップ上から、こつぜんと姿を消してしまった。

10月15日の遅番、帰り道。
「寒くなってきましたね・・・」
「あのじいちゃん、どうしてんだろ・・・」
暑さでジョギングを控えたのなら、
そろそろ、走るにはちょうどいい涼しさになっているのに。

じいちゃん、ごめん。
私たち、また、会えると思ったから。
だってあんなに、元気に走ってたから。

二人そろって、
向こうの通りを走り抜けていくランナーを
パッと振り返り、
「違ったね」と力なく笑った。

10月16日、朝8時半。
NHKのあさイチ眞島秀和さんがゲストで出ていた。
東北民として大いに親近感を持っていた私は、夢中になって番組を視聴していた。

すると、番組の後半で
「イケオジ漫画特集」のコーナーが始まった。
その中で、
主人公は70歳のおじいちゃん。
しかも運動神経バリバリ!という漫画が紹介されたのだ。

私はまたしても蛍光きみどりのおじいちゃんに思いをめぐらせた。

じいちゃん・・・

そのときである。

携帯に新着メッセージ通知が届いていることに気づいた。
昨晩じいちゃんを心配し合った、先輩からだった。
送られてきたのは、動画だった。

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じいちゃああああああああん!!!!!!!!

先輩は隠し撮りどころか、堂々とスマホを掲げて撮影したらしい。
その姿はじいちゃん専属マネージャーにしか見えなかったことであろう。
「いやあもう服着てっと、はじめ誰かわかんなくて!」
職場で会うなり先輩は笑いながら言った。
まるでじいちゃんが全裸で走っていたかのような言いようである。
確かに、長そで長ズボンの彼は初めてだった。

繋がっている。
私は感動にうち震えた。
7月以降、切望しても目撃できなかった彼が、
前夜にしみじみと我々が不在を嘆いた瞬間、姿を現した。
まるで「元気だよ!」と答えるために現れたかのようなタイミングである。

さらに、
今朝のおじいちゃん漫画からの、
先輩の動画。
すべてが、じいちゃんへ繋がっていたのだ。

今回もじいちゃんは、別地点で発見された。
彼は今も、点と点をつなぎ、
おじいちゃんマップを開拓し続けている。