純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

アメリカン・チェリー

暑い。

 

つねづね思っていたのだが、地球に大規模な気候変動が起きたら、私は人類で真っ先に死ぬタイプに違いない。

 

私の体は、なんつーか、外気温に対してものすごく素直だ。
夏には周りの誰よりも汗だくだし、
冬には周りの誰よりも震えてる。
もえこ、大丈夫、くちびる青いよ。
ちびまる子ちゃんの藤木とまったく同じこと言われてる。

 

恒温動物のはずなのに、外気温に翻弄されまくる人生。
果たして来年の夏は生き残れるのか。
一抹どころではない不安をいだいている。 

 

 

閑話休題。 

 

 

学生時代、プールの授業でのことだ。

私が体育の授業で、奇跡的に活躍できる種目が2つあった。
第1に、バレーボール(の、サーブ)。
第2に、水泳である。

この2種目のシーズンが訪れると、
壊滅的な内申点をカバーすべく、私はがぜん張り切った。

 

ハイ、ちゅうもーく!みんな、日向のこと見てー!
私、すごいとこ見せちゃうからー。
今までの私とは、ひとあじも、ふたあじも、違うんだからー。

今までのは、まあなんていうか、茶番?
ちょっとこう、お茶を濁させていただくみたいな。
そう、アイスブレイクみたいな感じ。

だからそのさ、
マット運動で見せた気持ち悪い動きも、
バスケットボールでの挙動不審なドリブルも、
ジャージのすそ踏んで横転したのも、ここでチャラだよね。 

 

 

 

そんなわけで、やーるぞー!って、パズーみたいな心境で迎えたプール授業初回。
異変は間もなく起こった。

「もえこ大丈夫? くちびる青いよ」

友人が心配そうに言う。

出たな藤木。
まだウォーミングアップの段階だというのに。
まあいい。くちびるが青いのは平常運転。
そう深刻に受け止めず、授業に臨み続けた。

 

しかし、体育の授業も半ばを過ぎた頃。

 

おかしい、と感じた。
もう直感でしかなかったのだが、何かが、おかしい。

すると次の瞬間、

 

ガタガタガタガタ・・・!!

 

小刻みに、しかし激しく、身体が震え始めた。

 

あ。あ。あ。 まじ???

 

あ、なんかちょっと、これ、シャレなんないやつだ。
やばいやつだこれ。私の体がアイスブレイクしてる。
いけない。これは、あぶない。

 

直感した。私の中の赤ランプが高速回転し始めた。
どうすればいい?
まず、周りに伝えなくては。
友人のそばに近づく。

「もえこ!?どした!?」

振り向いた友人は、目をむいた。

「顔、真っ青だよ!?」

 

進撃の藤木。
藤木エリア、勢力広げてた。とっくにくちびる突破してた。

とにかく、状況を説明しなくては・・・ 

「あっ・・・あぐっ・・・」

ガチガチガチガチ。
ガチガチガチガチ。

あれ。

「あぇっ・・・ぐっ・・・あっ・・・」

え。え。うそでしょ。

助けを求めたくても、言葉にできない。
小田和正も真っ青だ。
あごが高速で動くがために、言葉を紡ぐことができないのだ。

「もえこ!?大丈夫!?」
「あ・・・あ・・・」

カオナシと化した私を前にうろたえる友人。

「先生!!」

「もえこが!!!」

「日向さん、上がりなさい!!」

ドクターストップ。
友人の第一声からこの間、3秒。
先生、私の顔見た瞬間、港の石原裕次郎みたいな体勢で飛び込み台から叫んでた。
どう見てもアウトだった。顔が瀕死だった。
プール、TKO勝ち。

 

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クラスメイト数名に支えられながら、プールサイドに引き上げられる私。
その光景は、浜辺に打ち上げられたクジラを保護する様に似ていた。
口も身体も思うように動かない。
しかしアゴはオートマティック。
チカチカしてる文字。ガチガチしてるあご。
友人の助けを借り、フェンスに掛けたバスタオルに身を包む。
もえこ!しっかり!
こっちにいな!あったかいところ!
まさに救急救命
ちょっとしたドラマがプールサイドで繰り広げられていた。

タオルにくるまってひざを抱え、震え続ける身体を抑え込む。
モダンタイムスのチャップリンくらい病的に震えながら、プールサイドで級友の泳ぎを見つめていた。

  

 

いつしか私は、アメリカン・チェリーとの呼称を賜っていた。
くちびるがすっかり青ざめる様を表したらしい。
体育の授業時間のみ発動する、不思議な呼称であった。
冬になっても、冷え切った体育館で誰よりも青ざめ、震えていた。

 

ほら、もえこは、アメリカン・チェリーだから。

その一言に誰もが大きくうなずいた。

 

アメリカン・チェリー。
再ブレイクを果たした頃の有吉くらい、冴えた名付けセンスだ。
この名をもたらしてくれたのは、果たして誰だったろう。
名付け親の正体は、いまだ謎に包まれている。