純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

冬物語のプロローグ

駐車場へたどり着いたら、車が何者かに襲撃されていた。

 

…と言うと聞こえは物騒だが、
まごうかたなき事実である。誇張も脚色も一切ない。

 

 

遅番帰り。
寒空の下ひとりたたずむ車のもとへ、小走りで近づいていく。
事件はその次の瞬間に、起こった。

 

余談なのだが、
亡きヴィッツの跡を継ぐ2代目の車と人生を歩み始めて
ほっとしたのもつかの間、
哀しい事実に気がついてしまった。

私は足がたいそう短く、
ヴィッツでは運転席をギリギリまで前に寄せて乗っていたのだが、
2代目においても、やはりギリギリまで詰めなくてはならなかった。
私の短足ぶりはおそらく世界基準である。


そこまではまあ、想定内である。
30年間短い足で過ごしてきたのだ、
今さらこれしきのことで驚くこともあるまい。

 

衝撃的だったのは、
その位置からは、シートベルトが遠すぎるという事実であった。

 

盲点であった。
車選びの際に、座席からシートベルトの距離など気にするはずもない。
そんなことを気にしなければならないのは、おそらく短足のみである。
うかつだった。短足足かけ30年なのに。
実に、うかつだった。

 

これまでは体を前へ向けたまま、
手だけサッと後ろへ伸ばしてシートベルトを引き寄せていたのだが、
この車でその技を発動すると、
もう、腕が、つる。
胸筋から、上腕二頭筋から、
ありとあらゆる腕付近の筋肉が、悲鳴を上げる。

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そんなわけで
2代目を迎えてからというもの、
後ろを振り返りながら盛大な動きでシートベルトを着用する
いわばドラマティック着用がすっかり板についてしまい、
ひとりながら少々はずかしい。
風の速さでチャッとシートベルトを差し込み、
キーを回してエンジンをかける。

 

ようやく落ち着いて前へ向き直った、そのとき。

 

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フロントガラスが、物騒なことになっていた。
無数の銃弾が撃ち込まれたハリウッド映画みたいな状態だ。

一瞬驚愕したものの、よくよく見ると、
夜のあまりの冷え込みぶりに、フロントガラスが凍りついていただけだった。

東北にも、いよいよ本格的に冬がやってきたなぁ。
窓に描き出されたワイルドな模様を見上げながら、しみじみと実感した。
同時に、気の引きしまる思いだった。
それはつまり、東北に生きる民にとって
冬の戦いの始まりを意味するからである。

 

奇しくもこのハリウッド事件は、
どうやら冬物語の序章だったらしい。

 

風呂上がりに、茶の間のテレビで天気予報をチェックする。
何やら、全国的に真冬の天気となりそうだとのこと。
気象予報士は、やや険しい表情で言った。

「それでは、3時間ごとの天気です」

雪だるま
雪だるま
雪だるま
雪だるま
雪だるま雪だるま雪だるま雪だるま。

 

もう、雪だるまのロイヤルストレートフラッシュ。

 

戦慄した。
昨年は暖冬だったこともあるが、
例年でも24時間雪だるまという予報はほとんど見ない。
せめて朝・昼・晩のどこかに、救いの雲マークが挟まるものだ。


これは……
私は息をのんだ。
今年の初雪かきが、
腕ならしどころのレベルではなくなるかもしれない。

 

ハリウッド事件は、前夜祭だったか。
あの銃弾の跡を思わせる物騒な水の模様は、
冬の寒気が前祝いと称して
フロントガラスに残していった、やんちゃな落書きだったのだ。

 

恐れをなして、早めの床につく。
夜空の下しんしんと降り続く雪。
明日朝目覚めたとき、窓の外はいったいどんな光景になっているのだろう。
レッドカーペットに乗る作品は、
四人の侍のみにとどまらないかもしれない。

 

冬物語は、まだまだ、始まったばかりである。