純喫茶みかづき

ほっとしたい昼。眠れない夜。常時、開店中です。

ホワイトベリー・ラブ~後編~

前回の続きである。

 

ずっしりと重みを増した手提げ袋を持ち帰り、
えいやっと白あんを取り出す。

どうすんのよ、この量。

どうするもこうするも、
いちご大福を作り始めるほかなかった。

 

 

さて、肝心のいちごであるが
これは母が手配してくれることになっていた。
バレンタインに合わせて新鮮ないちごをゲットするのに、
私の変則勤務では難しかったからだ。

 

「わかった。いちごね」
どこかウキウキとした調子で答えた母。
食材の目利きに関しては全幅の信頼を置いていい。

さて、冷蔵庫よりも寒いという理由で
確か廊下に置いたからと話していたはずだが…

 

 

f:id:hinatamoeko:20210220222117p:plain

で、でえぇ、でっか!!!!!

でかい。でかすぎる。
『大きい』ではなく
『でかい』と表現するにふさわしいイカツさと巨大さである。
小粒のみかんくらいはある。
うちの母は夫を牛だとでも思っているのだろうか。

 

私はあわてて冷蔵庫へ飛んでいった。
このいちご、くるめるくらいの生地を作れるほど、
白玉粉、あったっけ?

 

バクバクと気味の悪い胸を押さえて
キッチンスケールで計量する。

150グラム。
ギリ。ギリ、いける。
一回り大きいくらいなら、
50グラムプラスでまあ、なんとかなるでしょ…

となると、白あんの量も増やさねばなるまい。
こちらはまあ、
300グラムもあれば、じゅうぶん。

 

ほっと胸をなでおろす。
よし。いざ、参らん。

 

 

まず最初の過程、
いちごを白あんでくるむところから。

これは難なくクリア。
やはり100グラムの増量は間違っていなかった。
驚くべきジャイアント・ストロベリー。

この間、レンジで白玉粉を加熱。
見たところ、こちらも申し分ない生地になりそうである。

 

ええと、次は、と。

この生地に片栗粉をまぶして

白あんでくるんだいちごを一個一個、包・・・

 

 

いや、足らねえええええ。

 

 

全く足りない。
もう、終わりが見えない。
生地が永遠に世界一周してこない。

 

ちょっ、おまっ・・・
チョ待てよ、なんてキムタクが横から口出ししそうな勢い。
ここまで来てっ、ねえっ、
お願い、いい子だから、
おとなしくこの生地に納まって…!!!

 

ぐにぐにと生地を指で押し広げ、
ムリヤリ世界征服を試みるも、ムダである。

しまいにはステップ1が水泡に帰し、
白あんを突き破っていちごが「やあ」なんて顔を出している。
もうベルリンの壁じゃなくて白あんの壁が崩壊してるーーー。

 

 

雨降って地固まる。
こうして一つになった世界、もとい、いちご大福は
この世のものとは思えない不気味な風貌をしていた。

生地はまるでボロきれ同然で巻きついており、
強引に引き伸ばされた白あんの層から
まだらにのぞく、いちごの赤。
映画『風の谷のナウシカ』に登場する
眠りから覚める前の、脈打つ巨神兵の心臓を思わせる。

 

何? この新手のクリーチャー。
それにこの大きさ。
何これ? ばくだんいわ

f:id:hinatamoeko:20210220222618p:plain
※実際よりいくぶんソフトめに描いています 

 

ばくだんいわは10分間、
冷蔵庫で頭を冷やされることになった。
6つのうち、無事大福らしくなったのはわずか1つという有様。
通常サイズのいちごが
奇跡的に1個だけ混じっていたのだ。

思わぬ悲劇に私は
「もはやいちご大福ではないが、必ず食してほしい」と両親に釘をさした。
二人は瞳におびえた色を走らせながらも、静かにうなずいた。

 

10分後。
冷蔵庫を開くと、転がり出るばくだんいわ

 

私はおそるおそる、
一つのばくだんいわを手に取り、
一口、かじった。

 

 

おいしい。

 

 

なんておいしさだろう。
なんて上品な甘みだろう。
まるで、和菓子屋さんで買ってきた
上等ないちご大福である。

 

まず、白あんを選んだのは、大正解だった。
一瞬860円プラス税で
マサユキを売り払うところだったが、
きっちり払ってもおつりが返ってくるほどだ。
どこかあっさりとしながらも、まろやかな甘み。
この、白あんならではの甘みが、
間違いなくいちご大福の格を上げている。

 

さらに、
牛向けに買ったとしか思えなかった
母チョイスのいちごも、この上なくいい仕事をしている。
とても甘く、とてつもなくジューシーなのだ。
地元の農家さんは、やっぱりすごかった。
白あんと、いちご。
このコラボレーションあっての、格別なおいしさである。

 

私たちは、ちょっとしたおにぎりみたいになったいちご大福を、
おいしい、これはうまい、と
仲良くつついた。
白あんを購入した業務用スーパー同様、
見た目だけで判断してはいけないのだ。

 

 

こうして、日向家のバレンタインデーは
大団円で無事、幕を下ろした。

 

 

 

幸福な甘い時間もつかの間、
あとに残されたのは、
700グラムの白あんという現実である。

この大量の白あんを
傷まないうちに消費する使命を負った私は、
「白あん 使い道」でネット検索を始め、
日向家には当面の間
白あんを使ったお菓子が登場する日々が続くのである。