ロミヲの青い空
「いつものじいちゃん、いるじゃないですか」
先輩がバックヤードで、笑みをこぼしながら話し始めた。
いつものじいちゃん。
そう、あのじいちゃんである。
「私、このあいだ久々に見かけたんだけど。
なんかじいちゃん、ニット帽みたいなのかぶってて。
あー、寒くなったから、ちゃんとあったかくしてるんだなーって
近づいて見てみたら」
先輩は言いながら笑いだしていた。
「頭の上、ブチ抜いてあって。
じいちゃんそれ、全然あったまんないやつだよって」
笑った。二人で、笑った。
想像するだけで、笑いがこみあげる。
じいちゃん、
いったいあなたは何度私たちに、
素敵なおみやげ話を生み出してくれるのだろう。
そんな話を聞いて、数日後。
私はいつものように、
職員駐車場へと続く交差点で右にハンドルを切り、
公営体育館前に差し掛かる。
すると右前方に、
なにやら見覚えのある動きを認めた。
まさか、と思い、目をみはると。
じいちゃああああん!!!!
ちょっとやだ、思いのほかすごかった!!
なんかもう、民族衣装っぽくなっちゃってる。
真剣な表情とあいまって、ちょっとすごみさえ感じさせる風貌になってる。
しかも、よく見るとウェア新しくなってる。
じいちゃん、それ、頭ん中入っちゃうから!!
頭の上に、ちょっとしたミステリーサークルできちゃうから!!
そもそもこういう帽子ってあるのっていうか
じいちゃん、もしかして、ネックウォーマーかぶってない…!?
なんか、えんとつっぽくなっちゃってた。
私はふいに、世界名作劇場の『ロミオの青い空』を思い出していた。
主人公のロミオは、えんとつ掃除の仕事してたっけなあ。
やがて出会ったアルフレドと仲良くなって…
私の心をかき乱したまま、
一心不乱に走り去っていくじいちゃん。
頭の中には、ロミオの青い空のオープニングテーマ『空へ…』が流れ出していた。
心のブルースカイ。
じいちゃん、どうか、からだ冷やさずにね。
冷えは健康の大敵なんだよ。
まして、自ら脳天に雪景色築きにいっちゃうなんて、そんなこと。
そんなことしたら。
秋口に一度、じいちゃんの生死を本気で危ぶんだ私たち。
時折こうして元気に走るじいちゃんを目撃できるのは、
いつしか私たちのささやかな楽しみとなっている。
だから。いや、そのためじゃなくても。
無心に前進し続けるじいちゃん。
後ろ姿に、彼の健やかな毎日を祈りながら、
私もまた、職員駐車場へとハンドルを切る。
彼のやって来た西の空は、青く晴れ渡っていた。